雪解け - なんとはなしに

08


 自分とこんのすけの周りに張った結界を、これでもか! という程補強する。やり過ぎたせいなのか、私たちを覆うそれが淡く発光し始めてちょっとぎょっとした。ファンタジーチックな光りに包まれるなんていよいよ凡人離れしてしまった気がするけれど、そもそも「審神者」たる職業が特殊なので気にしてもしょうがないのかもしれない。
 黒髪の男の子に下がってもらい、彼らと私たちの間を隔てる新たな結界張り上げ、キンキンに堅く強化する。もし、襖障子を開けた途端にドギツイ穢れがどっと溢れ出したとしても、これで防げるはずだ。ある程度は。
「結界(これ)が壊れたりしたら、すぐに逃げてね」
 後方で突っ立っている二口の刀剣男士にそう告げれば、彼らは揃って沈んだ顔になってしまった。何、気に入らないの? それとも不安なの? だーいじょーぶだって、私とこんのすけに任せといて。根拠も自信も微妙だけど、いけるって。たぶん。
「大丈夫大丈夫、なんとかなるから」
 笑って手を振ると、黒髪の子の眉間に皺が刻まれた。うーん、あれは困った顔なのか、それとも不快な顔なのか……まあ、気に障ったんだったらごめん。浄化頑張るから許して。
 青い髪の子は青い髪の子で、黙ったまま真顔でこっちを見上げている。黒目の部分が少なく、上目遣いのように見えるこの子の瞳は……「三白眼」、というのだろうか。まじろぎもせずに向けられた視線が痛い。
 密かな溜息を鼻から出して、足元の小さな狐に目を落とす。
「じゃあこんちゃん。行こっか」
「ええ、いざ」
 私の素足にぴたりと頬を擦り寄せるこんのすけ。少し歩きにくいが、何が起こるか分からないので今はできるだけ近くに居てくれた方がいい。
 堅く閉じた襖障子の引手にそっと手を掛ける。ここの障子は何故か他と違って一つも破れておらず、中の様子が全く見えない。それが少々、不気味だ。
「こんちゃん、離れないでね」
「当然にございます」
 相棒のシャッキリと引き締まった声音に勇気付けられ、ぐっと、指先に力を込める。そのまま強く引っ張れば、なんとも呆気無く襖は開いた。
「っ、げ」
 眼前に広がった光景に生理的な嫌悪感を覚え、思わず顔を顰めてしまう。密度の高い穢れによって、室内は黒で塗り潰されていた。なんてひどい、濃縮された穢れ。「一寸先は闇」という諺が二重の意味でピタリと当てはまる。
 幸い、よからぬ濃霧は鉄砲水のように勢い良く押し寄せるようなことはなかったけれど、これはなかなかに強烈だ。夏の間、何度本丸御殿を浄化してもキリがなかったわけだが……なるほど、納得がいく。
 ここが、穢れの「大元」。
「こんちゃん大丈夫?」
「大事ありませぬ。主様は」
「平気」
 言いながら、己の力を発散させる。忌まわしい黒にぶつけ、混ぜ、溶かし、絶やしてゆく。やはり親玉とあって、すぐには消えてくれなかった。浄化を拒んでいるような、押し返される感じもある。負けじと跳ね除けてはいるが、普段の倍は気張っただろうか。
 真っ黒だった視界が拓けてきたので、こわごわと敷居をまたぎ、部屋の中へ入り込む。うっすら積もった埃が足底にまとわりついて気持ちが悪い。夏とはいえ靴下を履いてくればよかった。
 隅々まで力を行き渡らせ、いつもより時間をかけて浄化をすすめる。今確実に仕留めておかねば、またここに赴かなければならなくなるかもしれない。それは嫌だ。
 絶対に、この一回で終わらせる。次はない。……でないと。
 ──でないと、面倒くさいんだよねえ。
 二度手間ほど煩わしいものはない。私は元来、ものぐさな方である。

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