雪解け - なんとはなしに

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「もーっ、汚い汚いきたなーい!」
 鼻と口にタオルを巻き付け、ギャングスタイルになった私は、颯爽と大掃除を始めました。文句垂れ流しながら。
 もちろん、黒髪の子と青い髪の子の許可は得てます。若干拒否られたんだけど、必要性を説明したらやむを得ずって感じで頷いてくれた。とっても素敵な不承不承でした。
 彼らにオッケーをもらって離れに一旦戻り、汚れてもいい作務衣にお着替え。髪が邪魔になるので三角巾も装着した。そして掃除道具やら葛籠やらを本丸御殿に運び、井戸水をバケツ二つ分用意。準備万端のうえで掃除大戦の火蓋は切られました。
 あの子たちにも手伝ってもらおうかなーとか思ったが、さすがに怪我人(怪我刀? 怪我神?)を扱き使うようなことはしたくなかったので却下。傷だらけの付喪神様には、「私掃除に専念するから好きに見張ってなよ」と言ってある。……そのせいだかどうだか分かんないけど、バッチリ監視されてるよ、やったね。
「これ要らないでしょ。これも、これも──あー、あとこれも」
 まず私が行っているのは、使えない物や要らない物の処分である。
 八畳ほどあるこのお部屋、わりと家具とか小間物があったんだよねえ。こんのすけによると、前の審神者さんは滅多に部屋を出ない人で、お風呂とトイレ以外はずっとここに籠もりっぱなしだったんだとか。
 籠もりっぱなしねえ。ふむ、引き籠もりか。……引き籠もりがどうやって虐待なんぞしたんだろ。部屋に呼び出してベシーン! とか? 分からんなー。私のイメージする「引き篭もり」って、暗くて臆病な人物像だからさあ。
「要らない、要らない、要らない……」
 茶碗、皿、箸をぽいぽいっと四次元葛籠へ放り込む。断じてストックではない。「不要品」として未来のどこかに送りつけてやってるのだ。言うなればゴミ出し。
 ん? 前任の審神者の腕時計? あれなら一番に葛籠に投げ捨てましたよ。当たり前さ。あんなもの。浄化はしたけど何かの拍子でまた穢れを巻き散らかされちゃ困る。一応斉藤さんにも確認したら、捨てていいってことだったし。
 さあどんどんやっちゃうよ。容赦無く綺麗にする。これも仕事なのだ!
 次々と目についたものを葛籠に入れ、あらかた小物は片付いた。箪笥とか机とか棚とか、大きい家具どうしよう……。
 考えつつ、埃かぶった桐箪笥の一段を引き中身を見てみる。
「げっ」
 即座に口がひん曲がり、眉根が寄った。
 抽斗にぎっしりと詰まっているのは、タンクトップとトランクスらしきもの。他はどうかと二段目、三段目を開けてみれば、ズボンやシャツなど男物の衣類がそれはまあみちみち並んでいまして。
 食器や文具等、残されている物は多くあったが、よもや私物であろう衣服までもがそのままになっているとは思わなかった。
「えっなんでそのまんまなの!? 前の人、辞めた時片付けとかしなかったの!?」
 仰天して声を荒らげる私に、こんのすけが「急な退任にあらせられましたので」とさり気なく教えてくれる。
 いやいや急でもなんでも、なんか気持ち悪いんですけど! 見ず知らずの赤の他人、それも異性の着てたものとか……ひえー勘弁して。ていうか、今になってなんだけど、前の審神者さんは男の人だったのね。で、現代人。腕時計見つけた時に初めて知った。
「えええー。でもその後送ってあげるなりなんなりしたら良かったじゃん! 政府はなんで」
「こちらにおわす刀剣男士の御方々が、人間の介入を拒まれた故」
 介入を、拒む。……ああ、へえ……納得。
「あ……あー、そっか。そーね」
 感情に走っていた頭がシュウシュウと熱を冷ましてゆく。
 そうだ。前任の審神者から酷い仕打ちを受けていたあの子たちは、人間不信の人嫌い。政府のお役人がひょこっとやって来たとしても、追い返してしまうに違いない。いや、こんのすけの口ぶりからして、実際に何人かは門前払いを受けたのだろう。
「拒んで、拒んで、拒み続け、清めの為されぬ此処本丸は、長い歳月を掛けゆるりゆるりと穢れに侵蝕されてゆき──」
 懐かしんでいるのか、偲んでいるのか、小さな狐はうっすら目を細め、どこか遠くを見つめている。
「そうして、常人の立ち入ることができぬ不浄の地へと変わり果ててしまった次第にございます」
 口調こそ穏やかだが、私へ向けられた黒い瞳に湛えられているのは、深い哀愁だった。私の相棒は今、ひどく切なげで、悲しそうな面持ちをしている。
「……そうだったんだね。こんちゃん、ずっとここに居たの?」
「いえ。私めは先の審神者の退任とともに時の政府に回収されました。先程の話は、官吏の御方より拝聴を」
「ふうん」
 ……。
 ……。
 ついと僅かばかり視線を逸らしたこんのすけ。私もなんとなく気まずくなってしまい、しばし閉口する。やや気になるけれど、この話題は突かないほうがよさそうだ。
「えーっと、これ、捨てていいよね?」
 中身の詰まった桐箪笥に向かい直し、話を転じる。
 斉藤さんは電話で、「前任の審神者の私物は全て廃棄でかまいません」と迷いなく述べた。前の審神者さんが今どういう状態なのかは知らないが、彼のかつての所有物はもう無用らしい。返した方がいいのなら、返せるのであったのなら、斉藤さんに頼んで郵送なり受け渡しなりしてもらうのだけど。
「ええ、あなた様がよろしいのであれば」
「私? 全然よろしい。じゃ捨てるねー」
 どっこいせ、と箪笥に手をかけ、倒す形で葛籠にぶち込む。服を一枚一枚出して放り込むのは面倒だったので、ちょいと乱暴ではあるが箪笥ごと処分してしまった。すごいんだこの四次元葛籠。大きさ的に明らかに入らないでしょって物も吸い込んじゃう。未来の技術、やばい。
「ほいこれも」
 漆塗りの立派な机も、葛籠の口に寄せて「いらん。吸い込めー」と念じれば、ほらごらん。瞬く間に消えてしまう。
 鏡台、本棚、布団──エトセトラエトセトラ。どれを残してどれを捨てるかあれこれ考えてはみたが、結局、全部不要品として葛籠に放ってしまった(だっていらなかったんだもん)。生活感のあった部屋は、がらんどう。
「丸切り、空虚となりましたね」
「まーね。すっきりしたでしょ。何も無いと掃除がしやすい」
 邪魔なものの片付けは済んだ。これからが本番である。この部屋の掃除は、午後を丸々使ってでも夕飯までに終わらせたい。
 室内と廊下の境目に行き、掃除道具の山を漁って目当ての物を掴む。監視役が変わっており、部屋の外で待機していた灰色の髪の子と黒髪の子がじろりとこちらを見やったので、「片付け終わって、これから掃除だよー」と経過報告をしてみた。これといった反応はなかったっていうか無表情? 今までだったら睨んできたり顰めっ面になったりしてたのに、ちょっと調子狂うなあ。
 付喪神の態度が少し引っかかったが、まあいいかとさして気にせず。本腰入れて清掃労働に取り掛かろうと、私はハタキを握り締めるのであった。
 お掃除戦隊サニワレンジャー(ただしメンバー一人とマスコット一匹)、いざ参る!

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