雪解け - なんとはなしに

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 せっせと打ち込むこと数時間──一室の掃除が完了したのは、陽が傾く一歩手前だった。とはいっても時刻は五時を回っていて、もう立派な夕刻である。
 八月下旬のこの時節、まだ昼間は長く、七時前ほどになってやっと空が薄暗くなってくるくらいだ。これから秋になるので、どんどん日没時間は早くなっていくだろう。涼しくなるのは大歓迎だが、夏の終わりを思うと少し物悲しい。
「っあーっ、やっっっと終わった!」
 グキグキと首を鳴らし、大きく伸びをする。離れの大掃除を行った時はすぐに手足の筋肉痛が表れていたものだが、今回はそうでもない。だるさはあれど、あの独特の重鈍い痛みはなかった。ふふん、我が筋肉も農作業でばっちり鍛えられたようだな。
 ぐるりと部屋の中を見渡し、自身の掃除の出来に満足する。家具の一切がなくなった空っぽのそこは、埃一つとして落ちてない清潔な空間へと変貌を遂げたのだ。汗水垂らして頑張った甲斐があったよ。うんうん。
 この部屋の清掃にはそんなに苦戦しなかった。穢れの大元となっていた割に、埃以外の汚れはみられなかったから。他とは違って畳もほつれていないし、壁も柱も無傷だし、障子も破れていない。御殿内をあれほど飾っていた血痕や切り傷、妙な染みもなく、前任の審神者がここでどう生活していたのか、どのように刀剣男士やこんのすけを虐げていたのか謎が深まった。
 ──一体、この本丸で過去に何があったのか。
 なぜ前任の審神者は刀剣男士やこんのすけに酷い振る舞いをしたのだろう? 何を思い、どこで、どのように?
 付喪神たる刀剣男士たちは耐えるしかなかったのだろうか? 人の形をしていても、彼らは「神」の類。人の子ひとり制することなど、赤子の手を捻るよりも簡単そうに思えるが……誰も反抗しなかったのか……?
「主様」
 背後から聞こえたこんのすけの声にハッと振り返る。小さな狐は敷居の向こうからトテトテとこちらへ歩いてきていた。おや、どうも部屋の外に出ていたようだ。
「こんちゃん。あれっ、どこ行ってたの?」
 いつの間に居なくなってたんだろ。気付かなかった。私の結界があるとはいえ、ここには非好意的な付喪神様どもの住処というのに……危ないなあ。
「いえ、少し外の様子を窺っておりました」
「えー、危ないよ。何にもされてない? 怪我は?」
 しゃがみ込み、側まで来たこんのすけの体をまさぐる。どこにも外傷はなさそうだが……。
「ございませぬ。ご安心を」
 柔らかく目を細めた小さな狐はどこか弾んだ声の調子をしていて、何やら機嫌が良さそうに見えた。
「怪我してないならいいけど……どうしたの、なんかゴキゲンじゃん」
「はて、『ゴキゲン』、ですか?」
「うん。雰囲気がルンルンしてる」
「いえいえ、そのようなことはありませぬ。このこんのすけ、至って平常にございますが」
「んー……そう? まあいっか。一人で出歩いちゃだめだよ。襲われちゃ大変」
 顎をくすぐるように指先で撫でれば、こんのすけは気持ち良さそうに瞼を閉じる。「案ずるには及びません」と短く返し、口端をニイっと上げて笑う狐は、やはり気分上々のようだった。

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