雪解け - なんとはなしに

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 穢れの大元(腕時計)があった場所(前の審神者の部屋)の掃除を終え、空っぽながらも清々しい室内にちょっとした達成感を抱く。我ながらいい仕事をした。……ま、これで終わりじゃないんだけどね。残念ながら。
 スケールは小さいが、屋敷内の汚れや不潔な環境は少量ながらも穢れを生み出していて、それらもなんとかしなければならない。掃除が必要なのはこの部屋だけではないのだ。
 めんどくさいなあ、だるいなあ、と思いつつも、汚れをほうっておいて毎日こまごま穢れを浄化するのも手間だったので、離れに戻る前にあの子たちにひとつ話を持ち出した。
「あのさー……あー、……できたら他の場所も掃除させてくれない? 汚れが穢れを出しちゃうみたいで、さっきの部屋みたいに綺麗にしなきゃいけないんだよ」
 はい、ぎろり。みんなしてそんなに睨まないでよー。穴が空きそう。
 分かってた、分かってましたよ。だから言いにくかったんだ。はあ。
 拒否するのであれば、自分たちで御殿の大掃除をすればいい。ここは君たちの住処なんでしょう? そうも考えたのだけれど、彼らの体中についた生々しい傷を見ると、「嫌ならあんたらで掃除しといてよ」なんて口が裂けても言えなかった。それこそ、虐待しているようで。
「……だめ? だめなら毎日浄化しに来るけど。穢れ放っとけないし」
 おおう、眉間の皺がやばい。はいはい、デイリーは嫌だよねえ。私も嫌。お屋敷訪問を日課にしたくない。
「私的には、延々と浄化し続けるよりちゃっと掃除してそれでおしまい! の方がいいと思うんだけどなー。後腐れもないよ?」
 努めて明るく、努めて飄々と首を傾げてみせる。あざとい? 芝居臭い? これで説得できりゃあ苦労はないさ。あーあー三人とも微妙な顔してる。三対一って辛い。いやこんのすけがいるから三対二? こんちゃん援護射撃して。
 こんのすけに視線を送ってみるが、式神狐はにっこりと目を細めるだけ。違う違う、私が欲してるのは微笑みじゃなくて口添えですよ。え、自分でなんとかしろってこと?
 崩れそうになった愛想笑いを頑張って持ち直し、「どう?」と応答を求める。……シカト? シカトですか? なんとまあお返事のないこと。でも、始めのしっぶい顔じゃなくなってるだけマシか。黒髪の子と灰色の髪の子には、困ってるような、戸惑ってるような空気が僅かだがある。よし、もう一押ししてみよう。
「恩やら媚びやら売っとこうとか、何か企んでるとか、そういうのじゃないよ。純粋にね、仕事仕事。あと、毎日ちまちま浄化し続けるのも面倒だからねえ、一気にかたをつけたいの。分かる? 私、どっちかというとめんどくさがり屋なんだー」
 軽く笑って肩を竦めれば、胡乱な眼差しを向けられる。かと思うと、三人はその場であれやこれやと相談を始め──うん、丸聞こえでしたよ。そりゃあ目の前で話し合われたらねえ、聞こえちゃうよね。「信用できない」「危ないんじゃないか」って、ひっどいの。ボロクソよ。まあでも、最終的には条件付きで御殿内の掃除をすることを許可してくれたのでよしとしよう。
 私に対する嫌悪と懐疑心は未だあるようだが、こんのすけの言っていた通り、この子たちはまるっきり話が分からないわけではなさそうだ。穢れの脅威とか、汚れを掃除する理由とか、ちゃんと理解してる。それでも渋々なのは、やっぱり人間不信だからだろうなあ。
 ……心の傷って、ホントに厄介。こればっかりは一足飛びにいかないし、治し方もそれぞれ違うもんだから、難しい。とっても。
 彼らの精神的な問題を再認識したけれど、私はカウンセラーでも心理学者でもないので、関わり方がやっぱりイマイチ分からなかった。今度本でも読んでみようかな。「人間不信を治す方法」とか「歩み寄るための近道」とか、ないかな? っていうか政府! 心の相談員を派遣してええええ!
 と、話が逸れた。んで、本丸御殿の大掃除をめでたく明日からさせてもらえる事になったんだけど、今回の条件はこれです。じゃーん。
「手入れ部屋」には立ち入らないこと(分かってるって)、監視がつくこと(いつものことでしょうよ)、不審な動きがあれば切り捨てること(しないってば)。この三つ。
 うん、信用されてないのは今に始まったもんじゃないからね。気にしない気にしない。とにかくお掃除オッケーしてくれて良かったー。重い腰上げた成果は上々。これで負傷者の……刀剣の修繕もできたら言う事無しなのになあ。
「ついでに治させてよ」と言いたい気持ちをぐっと抑え、持ち込んでいた掃除用具を両手に抱える。焦っても急いでも良い事なんてないはずさ。そのうちでいいじゃん。心の中でそう了得し、横に並んだ三人に手を振った。
「じゃ、明日からよろしくね。掃除させてくれてありがと」
 さっさと背を向けたので、彼らの反応だとか表情だとかは見ていない。どうせ気難しい顔してんだろうし。
 バケツやハタキをがちゃがちゃ鳴らしながら縁側を下り、つっかけサンダルに足をつける。
「では、私めもこれで。失礼致します」
 ん? 何こんちゃん誰に挨拶してんのって奴らにか。……ってえ!? 奴らに挨拶う!?
 こんのすけがあの子たちに声をかけたことに少し驚き、勢い良く振り返ってしまった。お辞儀をしている小さな狐と、狐につままれたような顔をしている刀剣男士の組み合わせがなんとなく可笑しかったが、びっくりしていたせいで笑うのを忘れていた。
 今の今まで、こんのすけと刀剣男士が接触することなぞなかったのに。
「いかが致しましたか」
 柔和に見上げてきたこんのすけに問われ、我に返る。
「え。あー、いや、なんでもない。こんちゃん挨拶してるなーって思っただけ」
「獣の身なれども、礼節は弁えておるつもりにございます」
「や、礼儀正しいのは知ってるけど、えーっと……」
 政府の式神、管狐のこんのすけ。彼の慇懃さは重々分かっている。もう何ヶ月も一緒にいるのだ。
 私が驚き、動揺している理由は、こんのすけが自ら刀剣男士に声をかけた、ってこと。だってこんのすけ、これまで一度もあの子たちに話しかけたりなんてしなかったから。
 もともと、あの子らもこんのすけも前の審神者に仕えていたらしいので、深い関わりはなくともお互いに面識はあるのだろう。挨拶くらいしてもなんら不自然ではないのかもしれないが……それなら何故、もっと早い時期に、それこそ私と共にこの地へ赴任した時にしなかったのだろう?
 逡巡し、漠然と思う。この小さな狐の中で、いかなる変化があったというのか。それともただの気まぐれか。……気まぐれを起こすような性格はしてないように思うが。
 少々気にはなったが、いかんせんはっきりしなさ過ぎて「まあいっか」と己の内で流してしまった。
「何でしょう?」
「ううん、なんでもない。さ、帰ろ帰ろ」
 踏みつけたままにしていたサンダルを履き、離れに向かって歩き出す。私の半歩後ろをちょこちょこと付いて来るこんのすけが、上品な笑い声を漏らした。
「明日から忙しくなりますな」
「んー? まあね。ってか、なんで笑ってるの。やる事が増えて面倒だってのに」
 ちょこっとぶーたれてみれば、小さな狐は面白がるようにコロコロと笑う。
「主様は物臭ですな」
「うっさい。モノグサでもちゃんとやることやってるからいいんですー」
「ええ、ええ、確かに。ご立派にございます」
「……なんか馬鹿にしてない?」
「まさか!」
「じゃあなんで笑ってんの。んもー、くすぐりの刑に処す!」
 高らかに宣言すると、始終ニヤけっぱなしのこんのすけは「あれ、恐ろしや」と駆け出した。
「あっ待てこら!」
 負けじと追いかけるが、狐の身軽さには追いつけず。数秒遅れで離れに着き、邪魔な掃除道具を玄関前に置いた。
 軒下でぺたりと寝転びケタケタと笑うこんのすけをひっ捕らえ、「観念せい!」とお縄につける。
 ──この後めちゃくちゃコチョコチョした。

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