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ぴっかぴかのお天気! 夏の濃い青空!
そんな素敵な日に始まった、本丸御殿の本格的な大掃除。もうね、汚いのなんので最初は途方に暮れましたよ。どーすんのこれ、って感じで。
でも、汚れが落ちて綺麗になってくると楽しいもんで、鼻歌なんぞ交えながらやってみたりもした。監視役の子たちの「なにこいつ歌いだしたんだけど」的な惑う視線と、微妙な空気には気付かないふりをして。ウォークマンがあったらもっとはかどっただろうなあ。
こんのすけと協力しながら(っていってもこんちゃんは小物整理と穢れチェックくらいだけど)毎日数時間の清掃作業に取り組み、五日かけて全過程の半分を終わらせた。安心してください。私、生きてる。あの子たちに殺されてない。なんとか穏便(?)にやっている。
今日は「鍛刀部屋」と「刀装部屋」ってところと、そこに面した廊下のお掃除。例の「手入れ部屋」が近くにあるから、見張りの子たちがピリピリしていた。別に押し入ったりしないのに。私に何ができるというんだ。
鍛刀部屋に入る時ですら、「新しい刀を鍛刀する事は許さない」って釘刺された。はあ? たんとう? ひよっこ審神者にはねえ、無理ですよ! マニュアル読んだだけだからできませんよ! ってニュアンスを込めて「しないしできないしするつもりもない」って言ったら静かになった。警戒心ギンギラギンだったけど。
刀の柄に常に手を添え、私の一挙手一投足をじっとりと監視している様は、逆立ちしても喜ばしいものではない。まあ、気にしたってしょうがない、と気分を改め、こんのすけとお喋りしたり、鼻歌を口ずさんだりしながら掃除に集中した。
休憩を入れつつ、三時間ほどかけて二つの部屋の掃除終了。いやあ、お掃除してると時間経つの早いね。どんどんピカピカになってくのって、ある種の快感。しかも自分でやったっていう、満足感? これがなんとも言えない。私、実は掃除好きだったりして? めんどうには変わりないけど。……こんのすけが手際が良くなったって褒めてくれたからまあ頑張る。
さあお次は廊下だ。ここを済ませたら今日のノルマ達成。とっとと退散してお風呂に入ろーっと。温泉温泉、むふふ。
熱きいで湯に思いを馳せ、廊下の掃き掃除に移る。木目の隙間に入り込んだ埃を目で追いながら、細かく編み上げられている座敷箒でさっさっと床板を掃いた。舞った埃が踊るように飛んでゆくのは、見ていて少し楽しい。
下ばかり見ていた視線をふと上げれば、ざっくり破れた障子の裂け目からとある部屋の内部が見えた。……位置的に、おそらく「手入れ部屋」だろう。あの子らの仲間が、あの子らよりも重い傷を負った付喪神たちがいる部屋。
ちょっとドキッとして、若干緊張して、僅かに好奇心が疼いて、──けれど、すぐに自制した。
なんとなく、見てはいけないと、見ない方がいいんじゃないかと、そう思って。「第六感」なんて仰々しいものではないが、ちょっとばかし勘が働いたみたい。
見ないように、見ないようにと努めたものの、それでも障子がボロボロだったもんで、心積もりもなく何度か部屋の中が見えてしまった。……うん、ひどい。ものすごくひどい状況でした。惨絶。凄絶。死屍累々?
畳はもとの色が分からない程に血で汚れ、至る所に切り傷や古びた血飛沫が付き──汚れに関してはこの屋敷内で一番不潔かもしれない。御殿一帯に充満している悪臭の出処は、ここで間違いなさそうだ。口と鼻を覆っているタオルがなければ、臭いのせいで吐いていただろう。
お世辞にも「きれい」とは言えぬ部屋の中には、錆びたり刃毀れした刀が乱雑に散らばっていて(こんのすけ曰く、弱りすぎて人の形がとれなくなっている刀剣男士らしい)、目を閉じたまま動かない付喪神と思しきモノが折り重なるように倒れている。もうね、世紀末。
あまりに酷たらしい光景に言葉を失っていると、青い髪の子が、忌々しげに口を開いた。
「……見ないでよ」
黒髪の子と、少し離れた場所にいる灰色の髪の子も、厳しい表情でこちらを睨んでいる。轟々と暗い炎の燃える目で、「見るな。関わるな」と訴えられているようだ。
「ああ、ごめん」
こんなにまじまじと眺めるつもりはなかった。
なんというか、思っていたよりも、想像していたよりもエグくって、痛そうで、テレビの中の出来事みたいで。……衝撃、だった。
無残な有様に憐憫の情が湧き、「治すよ? 修理するよ?」と持ちかけてみたけれど、みんな押し黙ってしまう。つい、「仲間が辛そうなのにいいの?」って言ってしまって、彼らの琴線に触れてしまった。
「あんたのせいだろ!」と、黒髪の子に久しぶりに怒鳴られ、若干怯みつつも「私じゃないよ。前の人でしょ」とできるだけ冷静に返す。事実無根だもんね。迫力負けして「私が原因ですどうもすみませんでした出頭します」とか絶対しないから。
だけど、合ってるでしょう? 私は何もしていない。彼らを傷だらけにしたわけでも、彼らに暴力をふるったわけでもなけりゃあ、前の審神者でもない。
束の間活目していたあの子たちだったが、たちどころにガン飛ばされた。灰色の髪の子だけはバツが悪そうに俯いていたけれど。
あんたたちの人間不信な事情は知ってる。しかし、いい加減区別して欲しい。私と前の審神者は別人で、別物だ。
「鯰尾藤四郎。主様の仰る通りにございます。あなた方に瑕疵を与え、捨て置いたのは、紛れも無く先の審神者。この御方ではありませぬ」
庇うように私の前に進み出た小さな狐が、すっぱりと言い切った。小柄ながらも胸を張り、神を相手に臆することなく立ち向かう様は、堂々としていて心強い。惚れる。
こんのすけの確たる言葉を受け、三人は(三口か)眉をハの字にひしゃげさせて閉口している。……的を得た指摘にぐうの音も出ないのか。それとも、旧知の間柄である管狐が人間(わたし)なんぞを擁護したもんだから、ショックでも受けたのだろうか。
「……いいよ、こんちゃん。しょうがない」
気詰まりしたこの場面に終止符を打とうとすべく、思考を切り替える。当問題は簡単に片付くものではない。ここでわあわあしても、時間と体力と精神力の無駄だ。
まあでも、よく分かった。あの子たちが「私」という存在をどう捉えているのか。
やっぱり前の人と重ねて見てるんだなー、私と前の人を同じものだと思ってるんだなーって。
だからあんなに険悪で、いつまで経っても仲良くなれないんだ。「わたし」自身をひとっつも見てくれない。見ようともしてくれない。前の審神者の影ばかりを追って、私のことなんか、──……はあ、どうでもいっか。
「あー……なんかごめんね、雰囲気悪くして。治す治すってお節介だったね。あと、そこ、じろじろ見るつもりはなかったんだ。ほんとごめん」
へらりと笑い、軽く謝る。気まずい空気も、これまでの話も、己の感情も、こうやって流してしまえばいい。そうすれば、楽になる。
楽になれる。
「主様」
呼ばれて下を見れば、物言いたげなこんのすけと視線が交わる。私を心配してくれているのだろう。この狐、見かけは獣であれど、機微に聡い。
「いいのいいの。大丈夫」
「……左様にございますか」
「うん、左様左様」
こんのすけの白い頭をしゃがみ込んで撫でくり回し、髭についた綿埃を取ってやる。あーあー、あっちもこっちも薄汚れてらあ。今夜もお風呂でシャンプーしなきゃ。
「さーてと、お掃除お掃除。こんちゃん、小さい箒持って来てくれない? この辺の隙間が細くってさー」
「はい、手箒ですね。承知致しました」
空気を読んだのか、小さな狐は追求してくることなく一つ頷き、軽快に身を翻した。揺れる尻尾をしばし見送り、座敷箒を握り直す。掃き掃除の後には拭き掃除が待っているのだ。さっさとタイムロスを埋めないと。
未だにだんまりな三人に背を向け、何事もなかったかのように廊下を掃く作業を再開する。ジイジイ、ミンミン、庭から聞こえる音量の小さくなった蝉の鳴き声に、夏の終わりを感じた。