雪解け - なんとはなしに

03


 九月も終わり、はや十月。季節はすっかり秋になった。
 昼間も夜も風は寒さを運び、朝の着替えが億劫だ。夏と比べ、井戸水もうんと冷たい。水仕事をしていると、手がかじかむ。
 銀杏や楓が徐々に色づき、遠くに見える山々も赤や黄色がちらほらと見え始めた。あの雄大な山並みが幻だなんて、未だに信じ難い。この創られた空間を取り巻く遠景は、遙か未来の技術が齎したまやかしなのだろうか。何度見てもそう思えないほど、あまりにリアルだった。
 自然豊かなこの敷地では、毎夜虫たちが演奏会を開いており、夕暮れ時から鈴虫や蟋蟀の声が鳴き渡っている。秋の夜は実に賑やかだ。蝉の声とはまた違った趣があって良い。りんりんころころ、寝しなには子守唄代わりにもなってくれている。
 冷え込むようになって、一つ心配事ができた。向かいの本丸御殿に住むあの子らは、寒さに凍えていないだろうかと。
 というのも、あちらには暖を取るものが何一つないのだ。火鉢やこたつはもちろん、毛布も布団も、上着も替えの服も──……夏の大掃除が早めに終わったワケには、家具や物が少なく掃除がしやすかったから、という理由もあった。あんな生活感のない家で、あの子たちはどんな暮らしをしているのだろう。
 寝具や衣服を提供しようにも、人間不信の彼らに「要らない」と即答されてしまい、私はすごすごと引き下がるしかなかった。傷だらけのあの子らが、底冷えする夜に身を寄せあって震えているのではないかと思うと心苦しい。
 こんのすけは「姿こそ人であれど、かの御方々は『神』。寒さは感じましょうが、凍え死ぬことはありませぬ」と言うが、死なないからといって放っておくのはいかがなものか。私としては、やはり季節ごとに適した環境を整えてあげたい。もっと気温が寒く──冬が訪れたら、再チャレンジしてみよう。
 本丸御殿の冬支度はできなかったが、自分の衣類の整理や布団の入れ替え等は早々に終わらせた。ついでに、空いた時間を使って離れの裏庭の衣替えも行った。春と夏はそのときの気分で好き勝手に花を植えたもんだから、広々としたそこはまとまりのないおもちゃ箱のような庭になってしまっていて。せっかく古風な家屋に住んでいるのだからと、この度、日本庭園風にすることにしたのである。
 そうと決めたら動くべし。早速、政府を介して取り寄せた材料(自費購入)を使い裏庭を竹垣でぐるりと囲んだ。離れの裏手には森(どこまで本物でどこまで幻か不明だが)があり、裏庭を越えてすぐには竹林が茂っている。これといって不都合があるわけではないが、森と庭との境目をなんとかしたいと前々から思っていたのだ。
 インターネットの日曜大工のブログを参考にし、見よう見真似で作成した竹垣はどこか不恰好で、しかし手作りだからか愛着は沸いた。裏庭を四角に巡る太目の竹の幹でできた囲垣。これだけでずいぶん印象が変わる。風情のある、日本の庭、って感じ。
 そこに全体のバランスを見ながら梅、松、楓の木を一本ずつ植え、木や花の根付く土の外側には、白い玉砂利を敷き詰めた。もともと裏庭に転がっていた石灯籠を手入れし、気が向いたときに夜の景観を楽しめるようにしている。十月末にはこんのすけとお月見をする予定なので、その時にでも。
 花蓴菜(はなじゅんさい)を浮かべていた小さな庭池にはいつの間にやら大きな蛙が棲みついており、我が物顔で淵に鎮座している。アマガエルくらいならば可愛いものであるが、暗緑力のこの蛙は私の手のひらよりも大きく、野太く鳴くので、とても愛らしいとは言えなかった。こんのすけによると「ウシガエル」だそうだ。冬もここで越すつもりなのだろうか。
 作業に没頭し、急ピッチで和に移りゆく裏庭。春に煉瓦で作った洋風の花壇は撤去したが、やはり花は欲しい。さりげないスペースの所々に水仙や椿を植え、開花を迎えた秋の花を何株か移した。今は金蓮花とブルーサルビアが見頃である。
 がらりと様相の変わった裏庭とあいまって、畑も秋一色だ。夏野菜はとうに枯れ、代わりに秋の味覚がどんどん実る。芋掘りではこんのすけが大活躍をし、泥まみれになりながら地中のジャガイモやさつまいもを掘り当てていた。落ち葉を燃やした焚き火でささやかな焼き芋パーティーを開いたのだが、あれはとても良かった。またやろう。
 芋類以外にも、青梗菜、にんじん、かぼちゃ──すくすくと育った野菜たちが畑で旬を迎えている。続々と実るもんだから、毎日毎日籠を溢れるほどに野菜や果物が採れた。二枚の畑で生産されるそれらは一人と一匹にとってはとても多くって、食べ切れない分は四次元葛籠に手堅くストックし、今後の蓄えとした。収穫がひと段落し、十一月になったら冬の野菜を植えつけるつもりだ。何を植え、何を蒔くかこんのすけとあれこれ悩んでいるが、その時間も心躍って好き。
 夏も良かったけれど、秋も楽しい。ただ、これからどんどん寒くなっていくのかと思うと少し憂鬱だ。
 赤とんぼの舞う、青みの薄くなりつつある透明度を増した空は、夏よりも高く見えた。

 *

 掃除に明け暮れた晩夏とは打って変わって、平和な秋。
 だが、その穏やかな日常も長くは続かなかった。斉藤さんが嵐を連れてきたのである。

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