雪解け - なんとはなしに

04


「え、減給!? ボーナスも二十五パーセントカットって、えっ」
 ある秋の日、斉藤さんから珍しく電話があった。
「はい。理由は先ほども述べましたが、先日時の政府より給与形態について通達があり、『審神者の働きに見合った額へ変更を』、とのことでして」
 何の用かと思えば、私にとってあまり嬉しくない内容で。
「働き……ああ、私畑仕事しかしてないですもんね」
「いえ、その……あなたが恵まれていない環境で奮闘されていることは重々承知の上ですが、何分実績が……」
 口ごもる斉藤さん。いやいや耳は痛いけど言いたいことはよく解る。
「あー、うーん、いや、分かります。分かりますよ。私、全然審神者らしい事できてないですし」
 むしろ畑仕事と庭いじりと掃除と浄化だけであんな高給頂いてすんません。
「ええ……」
「……」
「……」
「……ははっ」
 訪れた沈黙が気まずくて、わざと明るく笑ってみる。いや笑い事じゃないんだけどね。重苦しい雰囲気って苦手なのよ。
「私、役立たずでほんっと申し訳ないです。足引っ張りまくりっていうか、穀潰しっていうか。歴史修正主義者のジカンソコーグン? と戦ってもないし、刀剣の修繕だって全ッ然できてないですもんね。なーのに高い給料貰っちゃって……あはは、リストラされないだけマシ──」
「無理に話さなくていいですよ。あまりお気を落とさず。今後の働き次第で昇給となる可能性も十分ありますから」
 おおう、元気な振る舞いをしたつもりなのに、若干落ち込んでるの見抜かれたか。斉藤さんさすが。ナイスフォロー。
「はあ。……あ」
 端無く、一つ重要な事に気付く。というか、思い出す。
 気持ち的に嫌なだけでなく、私には給料やボーナスが減って困る理由があるではないか。
「何か気がかりなことでも?」
「いや、あー……」
 言うまいか、言わまいか。これは個人的な事であるけれど──。
 逡巡したが、電話口の向こうにいる斉藤さんが私の言葉を待つように黙っているので、言うだけ言ってみることにした。
「私事なんですけど、……年末に家族旅行を計画しててですね、これがけっこう奮発しちゃってて……ボーナスカットに加えて給料減っちゃうとちょっと支払いが厳しいかも……」
 両親、弟、父方母方のじいちゃんばあちゃん……大人数で豪華客船クルーズは、けっこう高い。しかも費用は全て私持ちなのだ。……いや、家族サービスだからっていいカッコしようとしちゃったんだよね。ぶっちゃけ調子に乗った。
「ああ、そうでしたか。……それは困りましたね」
「はい。うわー、どうしよ、計算しなきゃ」
 予約取るの苦労したのに。せっかくの旅行なのに。みんな喜んでいてくれたのに。「どんと任せて!」なんて大見得を切ってるのに。
 今更取り消しなんてしたくない。何か手を考えなくては。
「もし、金銭が足りなかったとしても、今のままでは政府の決定を覆すような掛け合いは難しいです。お力になれず申し訳ありませんが……」
「ですよねえ。や、いいんですいいんです」
 幾らか貯金を削るとして、それでもだめならなるべく利子の少ないトコでお金借りる? 後払いは無理だろうし、……ああまずは差額を確認しないと。あーヤバい庭の衣替えであんなに自腹切るんじゃなかった。
「……少しでも審神者としての本来の役目を行えるのなら、減給も賞与減額のある程度抑えられますが」
「え?」
 脳を活性化させ訪れた危機への対処を考えていた私に、斉藤さんの泰然たる声がかかる。
「刀剣男士の手入れ、時間遡行軍の征伐──これらに取り組むことができれば、の話です」
「ああ」
 今まで私ができなかったこと。やろうとしたけれど無理だったこと。もう今はやる気も少々失せ始めていること。
 最大限の努力はできていないかもしれない。しかし、それなりにやってきたつもりだった。刀を振るわれてもめげず、冷たい視線にも負けず、無視されても凹まず、この本丸で粒々辛苦耐えている日々は、無駄ではないと自分では思っている。
 仲良くなろうと挨拶し、歩み寄ろうと距離を詰め、警戒を解こうと気長に見守って──でも、まあ、結果が出てないので結局私は役立たずなのだ。雇用主の望む働きができないって……はあ。つらいわー。
「一振りずつでもいいのです。刀剣男士の修繕ができ、僅かでも戦績を上げられれば……いえ、出陣さえすれば……」
「うーん……」
 できるもんならとっくの昔にやってる。できないから難儀してんのよね。
「これまでの報告を見る限り、難しいでしょう。もし、どうしても──……いえ、やめておきましょう。何でもありません」
 ん? 奥の手か何かあるの? 匂うぞ匂うぞ。
「え、なんですか。気になるんですけど」
「ふふ、たいしたことではありませんよ。お気になさらず」
 がっつりと食いついてみたけれど、見事あっさり躱されてしまった。くっそ斉藤この野郎。
「えーっ、策があるなら教えて下さいよ」
「ふふふ」
 引き下がらずに不満を垂れるも、斉藤さんはどこ吹く風。なんだよその笑い!
「問題が解決でき次第、減給も賞与減額も軽微で済みます。金の工面に苦心するようであれば、本来の職務にもう少し積極的になられてみては? もちろん、あなたの安全が第一ですので、強制はしませんし、危なそうであればやめておいた方が良いと思います」
 政府のお役人様のきちんとしたアドバイスに、ぐうの音も出ない。
 金が欲しいなら働け。ごもっともである。
 やる? やらない? お金が足りないならやるしかなくない? でも危ないよね、やめとく? 安全策とってお金借りる? 旅行自体を止めればいい話じゃん? けどそれは嫌なんだよね、じゃあやっぱりお金はどうにかしなきゃ。
 頭の中にどっと選択肢が押し寄せ、思い迷ってしばし沈黙したのちに、やっと声帯が震えた。
「……考えてみます」
 半開きの己の口からは、「できません」「やりません」という即答は出なかった。お金にさえ困ってなければ、きっとすぐに「やらない」と意志が固まっただろうに。
 気温や天気のことなど他愛のない話を一つ二つし、通話が終了する。膝の上のこんのすけが心配そうに私を見上げていて、つい「困ったわー」と弱音を吐いてしまった。
 さあ、どうしよう。

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