06
意を決してからの私の切り替えっぷりは目覚ましかった。エクセレント。
いかにして刀剣の修繕を行うか、夕食の準備を遅らせてまで小さな狐と談合。ある程度計画が具体化したところで一旦切り上げ、料理、食事としたが、その間もずっと良い手立てがないか熟議していた。
どうやってあの三人(三口)を説得し、「はい」と言わせるか……どうすれば納得して手入れを受け入れてもらえるか……少しでも成功率を上げるため、しっかり話を詰めておかねばならない。
あーだこーだと話し合いつつ、皿を洗い、片付けをし、風呂に入り──大方プランがまとまってきたので、夜が深まらないうちに斉藤さんに連絡をとる。「審神者の本業、やってみることにしました」と開口一番に告げれば、斉藤さんは驚きの声を上げた。まさか本当に事を進めようとするとは思わなかった、とのことだ。おうおう危機に直面した私をナメんなよ。ってか、自分が焚き付けるようなコト言っといて、何さ。……まあ、それは置いといて。
ええと、とりあえず斉藤さんにも相談した結果、まずは明日にでもあの子らに交渉を持ち掛けてみることになった。
あっちの出方を窺いながら、下手(したて)に下手に宥めすかす。要領としてはこの前の「穢れの元を断ち切ろう〜第二次接触大戦In本丸 審神者VS刀剣男士〜」の時と同じだ。……ふむ、さしずめ今回は、「お前らの傷を治させろ〜第三次接触大戦In本丸 審神者VS刀剣男士〜」、みたいな? ああ、まーたどうでもいい所で頭を使ってしまった。ぐぬぬ。
話の持っていき方としては、「掃除の際に手入れ部屋の惨状を見て、辛そうだなあと思ったから治させて欲しい。君たちとしても、仲間が苦しんでいる状態でいることを望んではいないでしょう? ただ治すだけだから、考えてみてよ」と、こんな感じ。
あの子たちがすんなり了承してくれない場合は、こちらから条件提示をしてみる。監視付き、修繕後すぐの撤収──それでダメなら、「治ったからといって出陣や遠征を強いない、一切の使役をしない」「不干渉でいる」等も付け足してみればどうかと斉藤さんから意見をもらった。
相談する中で小耳に挟んだんだけど、あの子らを始めとするここの刀剣男士たちは、前の審神者にそりゃあもうひどく扱き使われていたらしい。戦場から帰ればまた出陣、出陣、出陣──怪我を負っても、刃が欠けても、疲労が溜まっても、治療されずに休む間もなく出陣出陣出陣……そんなもんで、どの子もあんなに傷だらけのままだったのだ。あの子らが受けた「ひどい仕打ち」の詳しい中身を一つ知った。
そういった過去があったから、彼らが手入れを拒む理由の一つに、「回復した自分たちが虐使されないか」という危惧があるのだろう、とのこと。いやいや虐使なんてしないよ私!? するように見えてんの!? 私、ワンマン社長になるつもりもブラック企業化するつもりもないんだからね!!?
えー、まあ、なので。
あっちが「怪我治って扱き使われたくないでやんす」ってギスギス警戒してるんなら、こっちは「治しても扱き使わないでゲスよー」って先に意思表示しておけばいいんじゃない? みたいな? ふむ、悪くない手だとは思う。
はいでもここで一つ疑問が。
あの子らと「一切の使役をしない」と約束してしまうのは、いかがなものか。そもそも付喪神「刀剣男士」は歴史修正主義者の時間遡行軍と戦う役目を担っていて、それを私から「しなくていい」と言うことは、職務放棄にならないのだろうか。彼らも、私も。
もし、条件を飲んであの子たちが手入れを受け入れてくれるとする。その後……一生、ずっと、永遠に、刀剣男士が時間遡行軍の討伐に協力してくれなかったら? 政府側はそれで良いの? 時間遡行軍って八億四千万もいるんでしょ? 私とここの刀剣男士が力になれなくてもいいの?
それらを斉藤さんにストレートにぶつければ、「ごもっともです」とやけに軽く返される。続けて、「ですが、千里の道も一歩から。まずは刀剣男士の手入れを。その後はどうとでもなりますよ。たとえ、不可侵の成約をしていたとしても」と、政府の役人はくすりと笑った。鼻を鳴らすような、微かに漏れた笑いはどこか怪しくて。久しぶりにこの人の胡散臭い笑い声を聞いた気がする。
ははあ、なーんか狡いこと企んでんじゃない? 第六感で察知したが、その答えを斉藤さんが教えてくれるはずもなく。代わりに、政府の内情をちょっぴり聞かせてもらった。なんでも、現時点では戦況が優勢のため戦力に少し余裕があるんだって。だから今、私が焦って刀剣男士を戦場に送り込んだりしなくてもそう影響はないみたい(減給云々は抜きとして)。あくまで「現時点」のハナシだけど。
斉藤さんとのやり取りを要約すると、「後の事はどうにでもなるからお手入れに漕ぎ着けろ」、とのこと。へえへえ、裏で何を考えてるか知りませんけど、お役人様のご助言に従いますよ。……や、強要されてるワケじゃないよ? 電話の最後に「あなたの命が一番ですから、無理はなさらないでくださいね」って念を押されたし、それに、やるって決めたのは私だ。お給料が……ごにょごにょ。
とにかく、刀剣男士修繕のため、あの子たちをうまく丸め込め──おっと説得できるよう頑張る。
斉藤さんとの電話の後、私は本棚から分厚い本を一冊引っ張り出した。政府発行の審神者マニュアルだ。あの子らが修繕を受け入れてくれた際、スムーズにお手入れできるようにしておかねば。こんのすけがサポートしてくれるんだろうけど、頼りっぱなしにはなりたくない。
マニュアルの「手入れ」に関する項目を読み直し、こんのすけに分からないことを確認しつつ手順を再度頭に叩き込む。
ほうほう、まずは式札に力を注いで──んっ式札って何? どこにあるの? ふーん、式神を呼び出す媒体。へえ、葛籠から取り出したらいいのね。んで、お手入れの式神(小人みたいなんだとか)を召喚して、修理を任せると。文章だけ読んだら簡単そうだなー。
ただ、式神に全て任せるとなると数日時間がかかるらしく、治す刀剣も多いので、今回は前の審神者が貯め込んでいた「手伝い札」とやらを人数分──いや付喪神様の分だけ併用することにした。特殊な力を持つ「手伝い札」があれば一瞬で手入れや鍛刀が済むんだとか。便利。
お手入れ関係はもう大丈夫、とマニュアルを閉じたところで、重要な事に気付く。
……刀剣男士たちの修繕が終わったら? 彼らが総出で私を襲ってくる、という事態になってしまったら?
彼らは人間嫌いの人間不信。その可能性は十分有り得る。五十近くの付喪神対、一人と一匹──これはやばい、死ぬ。事前に何らかの対処が必要だ。
手入れ後の刀剣男士の動きをいくつか想定し、再びこんのすけと斉藤さんと三者協議を開く。そうして、以下の通り決定した。
一、結界の補強。
二、手入れ後しばらくは刺激せずに様子見。
三、もしもこぞって襲撃され、結界が保たなくなれば時空ゲートに退避。
結界の補強は寝る前にでもちゃちゃっとやっちゃって、万が一の緊急事態に備えよう。……いや物騒なことにならない方がいいんだけどね。できれば「みんな治ってよかったねえ。え、何? 私のこと誤解してた? いいっていいって、これからは仲良くしよう。よろしくね☆」とか、……あああーいいないいなあ、そうなったら楽だなー。……えっ理想高すぎ?
まあ、あの子たちが友好的になってくれれば悩みの種は一つ消えるし、私の精神的負担もぐっと減る。出陣なんかもしちゃってくれたら、月給もボーナスもキープできてうまうま。望みは薄そうだがな。へっ。
政府の方では、いざという時のために明日以降私の受け入れ体制を整えてくれるそうで、斉藤さんにお礼を言いまくった。逃げ道があるってありがてえ。刀剣男士が全員で反乱を起こそうものなら、迷うことなく逃避行します。こんのすけとね。
だけど……──仮にこの本丸を出る事になったとして、こんのすけはそれでいいのだろうか。
不安になって尋ねると、小さな狐は目を細めて擦り寄ってきた。
「お気になさらず。私は常に主様のお側に居りたいと願っております故」
そう言ってくれるのは嬉しいけれど、それは本心なのだろうか。本当は、……?
蝋燭を吹き消せば、室内は夜の闇に包まれる。今宵も奏でられている虫たちの演奏を聴きながら布団に入るが、瞼を閉じても色々考えてしまって、その夜はあまり眠れなかった。