09
こうして、ありがたいことにとんとん拍子に刀剣の修繕にありつけ、気抜けしながらも早速手入れの準備を行った。
いつ手入れをすればいいか聞けば、あの三人は「できれば早く」と急かしてきて、おわー割りと自己中なこと言うね、と一瞬呆れてしまったのはここだけの話。いやまあ、いいけど。超神妙な顔をしていたので、きっと仲間のことが心配だったのだろう。
それならもっと早くに治させてくれたらよかったのに。ああ、人間不信だからできなかったんだよね、うん。……でもなあ……ああ……んがーっ、むずっかしいなおい。もやもやする。
刀も向けられず、暴言も吐かれず、拒絶もされず……今回のお手入れ大作戦も夏の大掃除の時のようにこのまま上手くいっちゃうんじゃないかなあと、なんとなく思った。うむ、未来は明るそうだ。
離れや畑周囲など、私の領域に張ってある結界をチェック、補強し、自分とこんのすけを守る結界も強化する。がっちがちに固めたそれが役に立つような事態にならなければいいのだが……んんー、祈るしかない。治ってみんなハッピー、円満にいこうぜ。
竹ざるいっぱいに積んだ五十の手伝い札に、四枚の式札。それらを持ってお供にこんのすけをつけ、いざ本丸御殿へ。修繕に必要な資材は手入れ部屋の葛篭から工面すればよいとのことで(前任の審神者がしこたま貯め込んでたみたい)、その葛籠を手入れ部屋の外に出してもらうようあの子らに頼んでおいた。
「お邪魔しまーす」
前に青い髪の子、後ろに灰色の髪の子。二口の付喪神の監視のもと、縁側から屋敷に上がりこむ。一月ぶりの御殿は相変わらず立派で、穢れ一つなかったけれど、目を凝らせばうっすらと埃が見えた。たぶん、この子らは掃除なんぞしてないのだろう。まあ、そりゃそうだよな怪我人(神様だけど)だし。
「うーん……帰りにちょっと掃除したいかも」
「おや、主様。掃除が面倒だと言うわりには、綺麗好きですな」
私のなんてことない独り言にくつくつと笑うこんのすけが、楽しげに尻尾を一つくねらせる。
「げ。そんなことないよ。面倒は面倒なんだけどなんか気になるんだよね。掃除のし過ぎでこうなっちゃったのかなー?」
薄く白灰の積もる畳の縁や障子の桟に目を走らせながら、クイックルワイパーとかあったら楽に掃除できるのにな、と現代の便利グッズに想いを馳せる。これは斉藤さんに交渉してみるべきか。ここの文化レベルをもう少し上げさせてほしい。一番は掃除機希望、吸引力の変わらないダイソンのやつな。
談笑しつつ(もちろんこんのすけと)誘導されるがままに御殿内を歩いていくと、やがて見覚えのあるものが視界に入った。
「あ、塩」
「ええ。あなた様が盛られました清めの塩です」
「ああ……型崩れしてないね。よかった」
廊下の端、支柱の横にきっちりと盛られた三角錐の塩。あれは大掃除の後、立ち入り禁止の手入れ部屋に施した浄化の盛り塩──私の力の媒体になっているものだ。……ということは。
ふむ、着いたのか。目的地に。──にしても、なんとまあ、ひどい荒れっぷりだこと。
総仕上げでやった破損箇所の修理によって、御殿全体の障子や柱は新品同様になっていたが、この部屋だけは違う。
破れたままの障子紙、切り傷だらけの柱、べっとりと血糊の付いた畳──……あの子らが掃除を始めとする一切の介入を拒んだため、ここだけは汚れたままだ。盛り塩と私の力による持続的な浄化のおかげで穢れは発生していないようだが、中にいる負傷した神様ははたして無事なのだろうか。
ぴしりと閉ざされた障子襖をしげしげと眺めていると、黒髪の子が汚らしい籠を抱えてこちらにやってきた。おう、それが資材保管庫になってる葛籠かね? ごくろーさん。
「主様、鯰尾藤四郎の持つあちらが、玉鋼を始めとする資材の蓄えられておる葛籠です」
「へー」
えーと、玉鋼と木炭と、冷却……資材は四つに分類されるんだっけ?
マニュアルに書かれてあったことを思い出そうとしながら、黒髪の子に礼を述べる。
「ありがとう。その辺に置いといてくれるかな」
受け取ろうにも絶賛両手ふさがり中。ま、近くにあればなんとかなるでしょ。
特に渋りも嫌がりもせず、黒髪の子は私に言われたように適当な箇所に葛籠を置いた。その子がやけに素直というか、抵抗感がなくてもにょっとする。「分かってるっつーの指図すんなクソ審神者」みたいな感じでひと睨みくらいはされると思ってたんだけどな。いやドMじゃないんで睨まれたいわけじゃないけど。
態度の軟化なのか、気まぐれなのか、睨む価値もないと思われているのか……うーん。
複雑な気持ちを抑え、私を囲む三人をぐるりと見渡す。
「じゃあ、やろっか。いいんだよね、手入れして」
意思の最終確認もかねて声をかけると、彼らは互いに目配せをし合い、厳粛に頷いた。