雪解け - なんとはなしに

04


 ○月×日、快晴。
 午前十時ぴったりに我が家へやって来たのは、黒塗りの縦長い車。……びっくりした。なんなの、なんでただの迎えごときに高級車よこしてるの。経費どうなってんの。
 一ヶ月前と変わらぬ胡散臭い笑みを浮かべた斉藤さんに連れられて、車に乗り込む。玄関先で母と弟がワーキャー騒いでいるのが恥ずかしい。「ちょっとあれリムジンじゃない!?」「やべえ姉ちゃんが浮いてる! 車に吊り合ってねーよ!」って、やかましいわ!
「賑やかなご家族ですね」
「……はい、まあ」
 斉藤よ、嫌味なのか。馬鹿にしているのか。
 ちなみに、家族には「県外で働いてくる」「ただの会社員」「忙しいからあんまり帰れない」と言ってある。父、母、弟たち……誰一人として深く突っ込んでこなかった。「へー、頑張れよー」みたいな。……ちょいと悲しい気もするが、これが私の家族である。みんな楽天的だもんなー、私含めてね。
「じゃ、いってきまーす」
 未だにはしゃいでいる母と弟に手を振り、ドアを閉める。と同時に、カーテンが自動で動き出した。あー、外の景色見えなくなるじゃん。つまんないな。何故に? 職場までの経路が私にバレてはまずいのだろうか。それともただ単に日除け?
 揺れの少ない車内は静かで、そして広かった。なんで車の中に机があるの。なんで座席フカフカなの。やばい落ち着かない。落ち着かないよー。一般人が高級車なんぞに乗る機会なんてないもんなあ。
「体調はいかがですか」
 なんとなく居心地悪くてお尻をもぞもぞさせていたら、斉藤さんが話しかけてきた。そこから雑談が始まり、仕事内容について質問したりもして、わりとあっという間に時間が過ぎる。
「もうすぐ到着しますよ」
 そう告げられたのは、車に乗っておおよそ一時間ほど経った頃だろうか。
「へえ、早いですね。もっとかかるかと思ってました」
「あくまで中継地点に過ぎませんがね。本丸までは時空ゲートを使って飛びます」
「あー……資料にもあったやつですか。未来の科学はだいぶ進んでるんですねー」
 歴史修正主義者の攻撃が始まったのは、確か西暦二千二百五年。私の生きる時代よりももっと、もーっと先のコト。
 そうかそうか、二千二百五年では時間の行き来ができるのか。すごいなあ。ドラえもんとかひみつ道具とか、開発できてるのかなあ。
「そうですね。詳しくはお教えできませんが」
「分かってますよ」
 軽く笑えば、斉藤さんもクスリと微笑む。ほお、珍しく胡散臭くない。そうそう、斉藤さんは未来人であり、各年代を訪れて審神者のスカウトをやっているらしい。お役人といえども大変なことで。
「そういえば、斉藤さん」
 ふと、思い立つ。私はひとつ、気になっていたことを尋ねることにした。
「あの、私の赴任先なんですけど、やっぱりあそこなんですかねえ」
 淀んでて、ボロボロで、大層不穏な本丸。
 あんなところに住み込んで暮らすことに、まだ少し抵抗がある。いや、仕事なんだから拒否はしないしワガママ言わないけどさあ。やれるだけのことはやろうと思ってるけどさあ。もしかして「やっぱり任地変わりました」なーんて、そんな奇跡が……。
「はい、そうです。変更はありません」
 ですよねー! そんな都合いいことあるわけないですよねー!
「あはは、そうですよね。すみません、ちょっと聞いてみただけです」
 わあ、引き攣り笑い、引き攣り笑いが出ちゃう。
「不安かもしれませんが、あなたなら大丈夫ですよ」
「嘘だあ。あんまり自信ないんですけど……」
 ええ、ええ、かなり。相当。心配で心配でたまりません。
 やる前からうだうだ言うのもどうかと思うが、やっぱり私には荷が重い気がする。そういう特殊な任地って、ベテランの持ち場にするべきじゃなかろうか。……解せないな。
「ふふふ、大丈夫です。補助役もついておりますので」
 大丈夫、と二回言われても、胸に広がるこの不安はそう簡単に消えない。
「補助役。あ、『こんのすけ』って人ですよね?」
 えーと、資料に載ってた。一緒に本丸で働く、審神者のサポート役の「こんのすけ」さん。名前からして男だよね? 本当は同性が良かったんだけど、……雇ってもらってるんだから、贅沢は言えないよなあ。どんな人なんだろ。仲良くできるといいな。
「人というか、まあ……」
「んん?」
 何、何!? 「まあ」って何!? 「人というか」って何!? 資料には名前と役目以外書いてなかったぞ!
「え、違うんですか? もしかしてその人も刀剣男士、とか?」
「いえいえ、そうではありません。こんのすけについては、これから説明しましょう。実際に会えば分かりますしね。ほら、着きましたよ」
 こんのすけ人外疑惑が出たところで、車がバックをし始めた。どうやら駐車しているようで、つまり、目的地に到着した、ということだ。
 緑に囲まれた建物は意外と小さめで、ぱっと見どこにでもあるオフィスのよう。リムジンで来る場所とは思えない。
 
 *
 
「初めまして、私はこんのすけと申します。今後のご案内をさせていただきますので、以後お見知り置きを」
「……は?」
 屋内の一室で出会った「こんのすけ」さんは、すんごくカワイイ狐だった。

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