雪解け - なんとはなしに

05


「うわ、狐が喋ってる! 何これロボット? ドラえもん? 刀剣男士? 触っていいですか斉藤さん!」
「はは、少し落ち着きましょうか」
 喋る狐、「こんのすけ」にずいっと詰め寄った私をやんわり制する斉藤さん。
 しまった、あまりの可愛さと奇想天外さに素が出てしまった。イイ歳してるっていうのに、恥ずかしい。これから仕事なんだぞ私。オンオフちゃんとしないと。
「す、すみません。全く予想外でして、取り乱してしまいました」
 一歩、二歩と後ずさり。リノリウムの床にちょんと座っている「こんのすけ」から離れ、斉藤さんに促されるままソファーに腰掛ける。
「こんのすけに初めて会う大抵の審神者は、あなたのように興奮するか、驚きに固まるかのどちらかですよ」
「そうなんですか。……いや、そうでしょう。補助役がまさか狐とは、しかも話せる狐だなんて思いませんって」
 こんのすけ、は私と斉藤さんのやり取りをじっと見つめている。狐だから表情こそ読めないものの、その黒い瞳には疑心が滲んでいるようで、「探られているな」、と直感で思った。
 なんだろう。最初の挨拶の時は友好的に感じたけど、実はそうでもないのかもしれない。漠然としていて定かではないが、どこか、警戒されているような気がする。
 お、目が逸らされた。……なーんか、匂うな。
「こんのすけについてですが」
「あ、はい」
 私はわたしで「こんのすけ」の観察をしていると、斉藤さんの説明が始まった。
「こんのすけ」は時の政府と契約を結んだ式神、管狐の一種だそうで、主に審神者となる私のサポートと、政府への連絡、報告を担うらしい。スーパーお狐さんか。
「審神者の仕事も、初めのうちはこんのすけに教わりながら行えばいいですよ。まあ、まず第一に本丸の浄化からでしょうが」
「はあ。……私にできますかねえ? マニュアルには色々書いてありましたけど、読んだだけじゃ分からなくて。……『力の発現』『神魂の顕現』とか。私、自分の審神者の力とやらを全ッ然感じないんですよ。霊感ないし」
「ふふふ、大丈夫です。それもこんのすけが」
「ふーん、教えてくれるんですね。すごいなあ」
 すっかり感心してハイスペック狐なこんのすけに目をやるも、視線が合わない。私、嫌われてるんだろうか。初対面で接近し過ぎたのが悪かったのかなー。でかい声でぎゃあぎゃあしたし。
 せっかく仕事仲間になるのだから、できれば仲良くしたい。見知らぬ土地で一から始める審神者業、信頼できる仲間が一人でもいれば心強いもんだ。……まあ、馴れ合いを強要するつもりはないけどね。お仕事モードで当たり障りなくすりゃいいだけだし。社会人舐めないでよ。これでも前の職場で鍛えあげられてるんだから。
「さて、これから本丸に赴いていただくわけですが、その前にこれまでの話をおさらいしておきましょう」
「はい」
 斉藤さんから簡潔に伝えられたのは、家で何度も読み返した資料の内容がほとんどだった。
 まずは本丸内の浄化に努めること。
 早期に刀剣の修繕をすること。
 審神者としての本格的な仕事は、本丸の機能が回復し、刀剣男士が戦闘できる状態になってからになること。
 一日の終わりには簡単でいいので報告書をメールすること。その際、必要な物品をリスト化して一緒に送ること。
 体調不良時やこんのすけに相談できない事ができた時は、斉藤さんに連絡をすること。
 ──最後に、命の危険を感じたら、すぐに斉藤さんに電話をすること。
 いやあ、ほんと、危険手当付くくらいだからどんなもんかと思ってたけど、だいぶ危ないみたい。ボロボロ本丸に居る刀剣男士たちが。なんか、消えかけ? 死にかけ? 大半はそんな容態らしい。
 あと、前任の審神者にひどい仕打ちを受けて、みんなひっどい人間不信なんだって。で、ズタボロのまんま放置されてて、殺伐としてるんだとか。……おいおい、そうなる前になんとかできなったのか、政府さん。まあ、斉藤さんから聞いた話では、その前任の審神者が虚偽の報告をしまくってたせいで対処が遅れたそうなんだけど。
 ともかく、刀剣男士たちはすんごい人間嫌いになっちゃってて、私に斬りかかってくる可能性もあるとか何とか。……あれ、刀剣男士って審神者の仲間なんじゃなかったの? やばい、怖い。私、殺されるんじゃないだろうか。政府の無責任。斉藤の鬼野郎。刀なんてどうやって避けりゃいいんだ。私は運動神経悪いよ、すぐザシュッ、ご臨終。だよ!
 とか思ったけど、どうやら私の力(?)で結界を作っていれば攻撃を弾けるらしい。生活空間にも結界張っといたら大丈夫、って、すごいな私。本格的に魔法少女だ。十年前くらいに体験したかった。
 しばらく斉藤さんとミーティングを行い、Q&A方式で問題発生時の対処について煮詰めていく。その間こんのすけは静かに佇んでおり、たまに私と目が合おうものなら、僅かに視線を下げて小さな拒絶を示すのであった。ちょ、私、なんでこんなに嫌われてるの?
 ……悲しい。パートナーであるかわゆいお狐さんと上手くやっていけそうもないって、辛いんですけど。早くも雲行きが怪しい。
 若干テンション下がりつつも、今は仕事の話をしているんだからと気持ちを切り替え、斉藤さんの言う事をきっかり聞いてメモをとる。
「では、行きましょうか」
「はい」
 やがて全ての話が終わり、私からの質問もなかったので、ついに移動が始まった。時空を越える装置のある地下室へ降りると、ひんやりとした空気に体が包まれる。寒さに体がぶるると震え、思わず服の上から肌をさすった。
 これから時空ゲートを使い、異空間に創られたという「本丸」へ飛ぶわけだが、その直前に斉藤さんから耳打ちをされる。
「刀剣男士たちもですが、あのこんのすけもまた、前任の審神者に──」
 私にしか聞こえないか細い声で伝えられたのは、ひどく残酷で、重みのあるものだった。

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