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「どういう事だ……?」
縁側に接する一室から、疑念と戸惑いに満ちた声があがる。声の主である獅子王は、眉を顰めて管狐との距離を詰めた。色の白いその首に巻かれたボロボロの鵺の毛皮が、獅子王の動きに合わせてゆらゆら揺れる。
「言葉通りにございますよ」
ほほ、と上品に笑い、喫驚している獅子王へ小さな狐はにこやかに返した。そうして己を取り囲む神々をぐるりと見回し、「私は」と発話する。
遠くでまた、稲妻が天に閃いた。数秒遅れで雷鳴が響いたのち、狐はゆっくり息を吸う。
「私はあなた方の朋輩。先の審神者がおわした時分よりこの地に在りしものです。……御方々とあまり話すことはありませんでしたが」
白と黄色の尾っぽをくねらせ、狐は近辺に居る付喪神の一口一口へねっとりと視線を這わせた。驚きを隠せないもの、冷静に思考を巡らせているもの、猜疑心を色濃くするもの──神々の反応は多様であり、小さな狐はいかなる言動にも対応できるようにと密かに気構えする。
抜身の刀を握り締めている和泉守兼定、蜂須賀虎徹、同田貫正国らの鋭い眼光は、突き刺すように狐へ向けられていた。立ち所に狐を斬り捨てる様子はないが、その様相は張り詰めていて、気迫に満ちている。狐の振る舞いによっては、彼らの白刃が疾風のごとく振り下ろされるかもしれない。
「チッ、政府の式神(いぬ)が、何を企んでいやがる」
絶えず狐を睥睨している和泉守兼定が苦々しげに呟けば、その傍らにつく脇差は、「兼さん」、と制すように相棒へ身を寄せた。軒下の手前に居る二口のやり取りは、距離もあってか小さな狐の耳に届いてはいない。
「う、嘘? あんた、あの『こんのすけ』?」
豪雨に負けないくらいに声を大にするのは、次郎太刀。その身を飾る豪奢な着物は大きく破れたままだが、怪我は綺麗に治癒しており、滑らかな肌には傷痕すらもついていなかった。
「ええ」
管狐は涼しげに首を縦に振って、己の身体に目をやった。
「ふむ。今夏、鯰尾藤四郎らにも大層驚かれましたなあ。私の見てくれはそんなにも変わっておりますか? 確かにあの頃とは違い、傷もなければ毛は生え揃い、艶も出ておりますが……」
体中をしげしげと眺め、狐は小さな前足で毛並みを撫でる。ややごわついている体毛は、雨に濡れたせいで僅かに湿っていた。
「ああ、少々ふくよかになったかもしれません。いやお恥ずかしい。これも我が主が料理上手にあらせられるがためですな。ほほほ」
口元を押さえ、さも可笑しそうにころころ笑う狐とは対照的に、付喪神たちは顔を強張らせる。彼の口から出た「主」という単語が、その場に居る多くの刀剣男士を殺伐とさせたのだった。
「主?」
露骨に苦顔を呈したのは歌仙兼定だった。
「はい。蛍丸らから聞いたのでしょう? 今年の春先に当本丸へ就任した、新たな審神者の事にございますよ」
明らかに悪くなった周囲の雰囲気を物ともせず、狐はすらすら言葉を操る。神々が不快感を露わにすることは、狐の中で想定内の出来事だった。
「……何故、と、思う心は解ります。先の審神者がこの地を統べていた頃おい、共に苦渋を舐めました故」
決して忘れることのできない、苦い記憶。
狐は苦笑しつつ、再び口を開いた。ぼんやりと宙を見つめる黒い双眸に湛えられているのは、深い悲しみと濃い嘆き。
「数え切れぬほど酷い仕打ちを受けました。気が遠くなるほど痛め付けられました。辛さでたまらなくなり、消えてしまいたいと思ったこともありました。──あの男が憎くて憎くてしようがなく、一向に異状に気付かぬ政府へも絶望し、いつしか私は人間そのものを恨むようになりました」
あなた方もでしょう? と、最後に付け加え、小さな狐はまた神々へ目配りした。
付喪神は皆口を噤み、過去の禍殃を思い起こす。同時に、自分たちの目の前に居る「こんのすけ」が今も昔も同じモノであることを確信した。狐の黒い瞳に残る濁りに、「惨めで憐れな獣」を見出したのだった。まだ数口、狐を疑うものはいたが。
「──始めは」
バケツをひっくり返したような雨が狐の漏らす声を掻き消す。彼らに本心を語るのは、果たして良いことなのか悪しきことなのか。思い悩みながらも、狐は前を見据えて喉を震わせた。