雪解け - なんとはなしに

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 嗚咽を抑えて畑の脇でひとしきり泣いた後、私は離れに戻ることにした。
 本当は雑草取りや畝の整備をしようと思っていたのだけれど、明日にしよう。久々にたくさん涙を流したもんだから泣き疲れちゃって、おまけに気分も落ち込み、今はそれどころではない。気力がすっかり失せている。
「畑は明日にしよっか。今日はお休み」
 鼻をすすって言えば、空気の読めるこんのすけは「ええ、ええ」と何度も頷く。そうして、「お気持ち、お察し致します」と声を詰まらせ、私の胸に飛び込んできた。彼は人とは違う獣の面をしているのに、すごく辛そうな表情をしていた。
 きっと、この小さな狐は解ってくれているのだろう。私の辛さや憤りを。そしてそれを嘆じてくれている。
 首に回された前足、肌を強く掻き抱く肉球。言葉はなかったけど、その抱擁は私にとって十分な慰めだった。苦しみを半分背負ってもらえたようで、ほんの少し心が軽くなった気がした。
「ありがと」
 へへっ、と気の抜けた笑いを漏らし、こんのすけを抱き返す。大きく深呼吸をして息を整え、茄子の葉陰から立ち上がれば、一瞬くらりと立ちくらんだ。ずっと中腰で座っていたせいだろうか。
 ふらつくことも倒れることもなく、浮遊感はすぐに収まったので足を動かす。ひどく疲れた。もう帰って休もう。
「さ、帰ろ帰ろ」
 狐の背を撫でながら歩き、広い畑を抜け、朱色の太鼓橋を渡る。あちら側にいる付喪神は数を幾らか減らしていて、それでも十か二十ほどが変わらず私をじっと見ていた。品定めをするような、牽制するような……ああもう、薄気味が悪い。腹立つ。
 御殿の縁側の奥の方に背丈の小さな灰色の髪が見えた気がしたが、そんなのももういい。気にしてらんないし気にしたくもない。
 いらいらだとかやるせなさだとかがぶり返しそうで、でもここで取り乱したくなかったから、彼らなんて見ないフリだ。どろどろとした自分の感情からも目を背ける。
 逃げでもなんでもいい。流せ。流してしまえ。嫌なことは全部。楽天的な私がいつもやってることではないか。
 自然体を装って歩き続けたが、離れの戸を閉めるなりまた涙が滲んできてしまった。ああ、どうも今回、私はかなり堪えているようだ。今までのようにうまく流せない。
 そうだよなあ。こんなコト、今までの人生で一度もなかったもんなあ。ここまでされてサラッと流すなんて、難しい話なのだ。
 だって、こんなの、異常だ。異常じゃないか。
「はあー」
 長く息を吐いて、作務衣の袖を目尻にあてる。
「さぞ、お辛うございましょう」
 私にしがみついたままの狐が、優しく頬擦りをしてきた。ピンと張った髭がちくちくする。
「ん、だいじょぶ。ありがと」
 ぜんぜん大丈夫なんかじゃあないけど、こんのすけに心配をさせ続けたくはない。
「全く──かの方々はいったいどういうつもりなのか」
 耳元で囁かれた小さなぼやきは、どこか恨めしげな口調だった。こんのすけはあいつらの態度に怒ってくれているのだろうか。……嬉しいような申し訳ないような、……まあ、いっか。
 私はそれを拾わずに、再度ふうと溜息を吐いた。
 もう、疲れた。今は何も考えたくない。
 とにかく休もう。昼寝にも良い時間だ。それで、起きたらおいしいものを食べて、いつもよりゆっくりお風呂に入って、いつもより早く寝て……。ああ、政府への報告はしておかないと。……何が起きたかはこんちゃんがほぼほぼ伝えてくれてるみたいだし、斉藤さんにも電話してあるからそんなに急ぎはしないか。夜でいいや。
 のろのろと畳床に上がり、布団を敷く。こんのすけを抱いたままだったので、えっちらおっちら片手で引っ張ってやった。そのせいか、敷き方がなんとも乱雑な……ううむ、斜めになってしまった。几帳面ではないのでそこまで気にならないが、なんとなく足で向きを整える。
「一緒に寝る?」
 小さな狐に問えば、彼は私の頬から顔を離して首を横に振った。
「いいえ、私は起きております。ですが、お傍におりましょう。ごゆるりとお休み下さい」
「そっか。うん……ありがと」
「お気になさらず。さあさあ、主様、どうぞ寝所に」
 私の腕をぴょんと抜け出したこんのすけが、枕をぽんぽんと叩き横たわるようにと促してくる。ほんと、この子には気を遣わせてばかりだなあ。力の使い過ぎでぶっ倒れて、迷惑やら心配やらかけたばかりなのに申し訳ない。
 簡素な寝巻きに着替えて布団に潜り込み、携帯のアラームを六時にセットした。夕飯が遅めになるが、今日はそれでいい。……さっき、起きたらおいしいものを食べようと思ったものの、食欲がわくか少し気掛かりだ。ご飯は白米でなくお粥がいいかもしれない。
 お粥なら何味にしよう。塩、卵、味噌──あー、雑炊でもいいかも。おかずは……山芋を擂ってとろろにして、まぐろ山かけにしようかな。あれにカイワレ混ぜたら美味しいんだよなあ。
 夕飯のメニューを考えつつ、腫れぼったい瞼を閉ざす。途端に、頭がぼうっとし始めた。
 おかしな話だ。数十分動いただけだというのに、また寝れそうだなんて。三日眠っても寝溜めにはならなかったみたい。
 ……寝てる間に殺されたり襲われたりしないかな。そこは政府がなんとかしてくれるか。こんのすけもいるし、──そうだ、いっそ、あいつらが攻撃してきたらいいのに。そうすれば、私はここから離れられる。もしかすると新しい勤務地に異動とか……人事出してくれるかも……んあ、あー……、ねむい。もう、どうでもいいや。つかれた。
 頭も心もぐちゃぐちゃだったけど、全て眠気が覆ってくれる。いつもの布団、いつもの枕に包まれて、私は強いまどろみに身を任せた。

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