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「我が主は御方々と同じく、心をお持ちです。あのように多勢で相対されますと驚かれますし、もちろん良い気はしないでしょう。先の審神者とは異なり、あの御方の心は鉄や鋼で出来てはおりません。……あなた方の行い一つで、傷付く事もあるのです」
管狐は険相な顔つきをし、場に集った刀剣男士の間を行ったり来たりしながら説法を始めた。親が子に言い聞かせるような、そんな声遣いで。
「確かに、先の審神者は御方々をぞんざいに扱いました。非道な行いもなされました。あなた方が人を憎み、嫌悪されるのも無理はありません。しかし、先日も申しましたように、全ての人間があの男と同じ生き物であるというわけではないのです」
黄色と白の尾っぽを不機嫌そうに揺らして辺りをうろうろとしているこんのすけだが、御殿へ乗り込んだ時とは違い、激昂に身を任せてはいなかった。ある程度冷静さを取り戻した彼は、もう声を荒げることはない。
突如として始まった狐の懇切な諭しへ、刀剣男士は不承不承ながらも黙って耳を傾けていた。時に不平を漏らす付喪神も居たが、刀に手をかけたり、野次を飛ばすようなものはいなかった。
神々の中で、この「こんのすけ」の危険性は低くなりつつあったのだ。それに伴い、彼らの狐を訝る気持ちも多少薄れてきている。
西暦二千二百五年。自由自在に時空を操る時の政府は、一つの空間に数多の神を拘束するほどの力を持つ強大な組織となっていた。だが、一介の管狐に刀剣男士を生殺与奪をする力なぞない。また、狐は神々への害意を微塵も持ってはおらず、付喪神らもそこは感じ取っていた。
管狐は神々を「好き」だと言った。その「好き」はひどく優しく、情に満ちていて。
「こんのすけ」は時の政府の式神であり、人を主と定めた管狐。完全に気を許す事はできないが、話を聞くくらいであれば支障はないであろうと、付喪神たちは考えていた。
人は憎い。しかし、この管狐はそうでもない。人間さえ関与しなければ。
刀剣男士にとっての「こんのすけ」は、あの暗澹とした凄惨な過去を共に過ごした連れ合いなのだ。
神々は知っている。先の審神者によって呪詛で縛られ、まるでボロ布のように部屋の隅に転がっていた「惨めで憐れな獣」を。常に虚ろで、絶望しきった黒い瞳を。
今、こんのすけを切り捨てようと、刀の錆にしてもよいと思う刀剣男士は少なくなっていた。三日前とは異なり、よほどの事をしなければ狐は彼らに斬られないだろう。
「百年前、二百年前、千年前──……。昔歳、あなた方を使っていた主たちは、皆あの男と同じでしたか」
小さな狐は静やかに語りかける。
「足利義輝は? 源頼朝は? 武蔵坊弁慶は? 織田信長は? 徳川家康は? 本多忠勝は? 母里友信は? 沖田総司は? 土方歳三は? 細川忠興は? 皆同じでしたか。あの男のような振る舞いをなさいましたか」
「違う!」
かつて細川忠興の佩刀であった歌仙兼定は、目くじらを立て弾かれたように否定した。戦国の世を共に生きた過ぐる日の主公と、己等を情け容赦なく虐げた先の審神者とを一緒くたにされるような問いかけが、我慢ならなかった。
口こそ開かなかったが、歌仙兼定のみならず、「同じはずがない」「違うに決まっている」と、狐に対して憤りを覚えた刀剣男士も少なくない。
「……そう。違うのです」
管狐はゆっくりと頷き、一口一口へ視線を這わせた。
「あなた方の古き主たちと、あの男と、そして我が主と。皆人間という一つの種ではありますが、それぞれ別の個体であり、違った生き物にございます」
狐の言うそれは、論を俟たない分かり切ったことだった。けれど、先の審神者に永く不当な扱いを受け活眼を失った付喪神らは、それすらも解らなくなってしまっていたのだ。こんのすけの口説が正しいと頭では理解していても、感情が先走るあまりに事実を呑み込めないものも多くある。
「先の審神者の元へ降(くだ)る前、尊ばれ、慈しまれ、愛された日もあったでしょう? 御方々は知っているはず。人のぬくもり、人のよさを。共に生きることの喜びだって、……式として現世に喚ばれ、即刻あの男に付けられた私は……そのようなもの、主様に出会うまで知らなかった」
酸鼻を極めたあの時節。狐が惨めで憐れな獣と喚ばれていた頃、彼は心底羨ましかった。以前仕えていた古き主人について、懐かしそうに、愛おしそうに昔話をする神々が。
先の審神者にどんなに痛めつけられ、どんなに心無い言葉を放たれても、古き主人のことを話す付喪神らは、とても幸せそうな顔をしていた。管狐には心の拠り所となるような存在も、温かな思い出も、一つとして有りやしなかったというのに。
「……こんのすけ」
次郎太刀が声の調子を落として呟き、辺りはより一層しんとした。狐の心情を慮り、また、かつての主に思いを馳せ、刀剣男士は緘黙している。ある一振りの付喪神を除いて。
「ねえ」
咳一つとない中、小さな大太刀がおずおずと管狐に声をかけた。
「……あいつは?」
太郎太刀の後ろからひょっこりと顔を覗かせているのは、蛍丸。彼はどこか遠慮がちに、しかし明確な意志を持って管狐へそう訊ねた。大太刀が口にした「あいつ」とは、無論新たな審神者を示している。
「おや、蛍丸。……我が主は眠っておられますよ。少々、お疲れになられたようです」
「ふうん」
短く素っ気ない返事をしてみせたが、蛍丸は内心ほっとしていた。なんだ、疲れて眠っているだけか、と。ただ、女がどうしてこの三日間姿を見せなかったのか、離れに閉じ込もって何をしていたのかという疑問は消えない。それを狐へ聞こうか聞くまいか逡巡するも、同胞に不審感を抱かせてしまうかもしれないので、大太刀はやはりやめておこうと思い留まった。
答えを聞くなりぎこちなく目を逸らした蛍丸を見て、こんのすけはピンとくる。もしや、この付喪神は主(にんげん)を気にかけていたのかもしれないと。三日の間意識を失っていた女のことを、密かに案じていたのではないかと。
「ああ、そういえば」
ここで狐は画策し、人間不信の神々へ揺さぶりをかけておこうと思い立った。知らしめておくのだ。女の善意と、行いを。