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ピピピピ! ピピピピ! ピピピピ!
鳴り響く無機質な音で目が覚める。半分しか開かない瞼、薄目で携帯を見ればディスプレイに午後六時の表示と新着メールのお知らせが。
「おはようございます」
アラームを消し、ぼうっと画面を眺める私へ挨拶が飛んでくる。声の聞こえた頭元の方へ視線をやると、礼儀正しく頭を下げるこんのすけ。……午後六時だぞ。「おはよう」という時間ではない気がするが、まあそこはいいだろう。
「んー……おはよお」
布団の中で大きく伸びれば、ふわあ、と顎が外れそうなくらいのあくびが出た。大泣きしたせいで腫れた瞼は重くてしょうがなかったが、頭と体はわりとすっきりしている。三、四時間の睡眠でも体はそれなりに休まるものなんだなあ。
しぱしぱする目に届く光源は少なく、室内は幽々としている。秋も深まり、日の入りが早くなったためか、窓や障子の向こうも暗かった。夏であればまだ夕暮れなのに、秋となるともう夜だ。
「休めましたか」
「んんー、まあね」
「よくお眠りになられておいででしたよ」
「マジで?」
「はい。それはもう」
「いびきかいてなかった?」
「ほほ、いいえ」
にこやかな狐と他愛のない会話をしながら、のっそり布団から起き上がる。手探りで火打石を取り、蝋燭に火を灯したところで、新着メールの存在を思い出した。
誰だろう。お母さんかな。
しょぼしょぼする目頭を擦ってメール画面を開くと、そこには十年来の付き合いになる友人の名前。彼女からのメールは久しぶりだ。何かあったのだろうか。
彼女は……まあ、親友というかそこそこ仲の良い友達で、頻繁に連絡をとっているわけではないが、会えば話が弾むし、馬が合うから一緒にいると楽しい。同じ中学、高校に通っていたので思い出だってたくさんある。
最後にメールのやり取りをしたのは、もう数ヶ月前──ああ、私が前の会社にリストラされた時か。あの時はこっちから連絡したんだっけな。返信は「どんまい! 生きてりゃいいことある!」だけだったけど。今思い出しても笑えるなー。リストラされた友達にそれって、軽すぎでしょ。あの子らしいけど。
昔ながらの友人を思い、ふ、と笑ってしまう。やっぱ好きだな、この子。
微笑ましい気持ちでしばしニヤニヤし、ハッと携帯を握り直した。ええと、そうじゃなくて。メール、メール。思い出し笑いしてる場合じゃないっての。
慌てて手元の携帯を操作する。飛び込んできた文章に、盛大に噴き出してしまった。
『明日ご飯行こう! 暇?』
いやいや、普通逆でしょーが。「明日暇? ご飯行かない?」とか。まあでも、この子らしいわ。
「御母上ですか?」
「んーん、友達。明日ご飯行こうってさ」
行灯の淡い光に照らされ、可愛らしく小首を傾げているこんのすけに笑ってみせる。
「おや、御友人でしたか。……それで、ご飯に行く、とは?」
小さな狐は『ご飯に行く』という意味が分からないようで、頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた。古めかしい弁舌の彼には、私の時代の言葉遣いや単語が通じないことがある。その都度教えているせいか、日に日に現代語や若者言葉を覚えつつあるようだが。
結構前から時々「マジ」とか使ってくるんだよね。そのうち「パねえ」「ウケる」なんて言い出したり──いやいやさすがにそれはないか。教えてないし聞かせたことほとんどないし。……ない、よね?
「えーっと、食事をしに出かけよう、ってことだよ」
「ほう、なるほど」
興味深そうに頷くこんのすけは、なんとも愛らしい。パッと見ぬいぐるみのようだ。素敵な補助役をつけてくれて、政府には感謝してもし切れないな。
「お返事はどうなさるので?」
「……あ」
聞かれて、再度携帯の画面に目線を落とす。明日とはなんとも急な話であるが、なぜだか無性にこの友人に会いたかった。あんなことがあって心が少々弱っているせいだろうか。友人の顔を見て、同じ空気を吸って、いろんなことを話したかった。
しかし。
「うーん。行きたいけど、今月はもう一回帰っちゃったからなあ」
十月頭のつい先週、既に私は月に一度の里帰りを果たしていた。斉藤さんとの取り決めで、私がここを空けられるのは一ヶ月に一泊だけとなっている。あ、十二月の旅行は特例を貰っているから大丈夫。抜かりはないさ。
ということで、私が次にお出かけできるのは早くても来月──十一月だ。友人に会いたい気持ちは強いものの、残念だけど今回は諦めるしか……。
「ふむ……外出程度であれば、時の政府のお許しが出るやも。主様が希望されるのであれば、僭越ながら私めが上申致しますが」
「え、うそ、ほんと?」
「ええ、『まじ』にございます」
予期せぬ返答に驚く私へ、こんのすけは和やかに目を細めた。
「でも、ここ、大丈夫なの? 私起きたばっかりだし、空間の安定がなんたらかんたらは」
「その点につきましてはご心配なく。あなた様のお力が回復し、この地の乱れは申し分なく治まっております」
こっくりと一つ首を縦に振り、私を安心させるかのように笑う狐。
「主様、どうぞお行きください。あなた様は見事全刀剣の手入れを成し遂げられましたが、その分お疲れになられておいでです。気晴らしも必要かと」
「こんちゃん……」
私の手の甲に、小さな前足がそっと乗せられる。温かくて柔らかな肉球の感触がとても心地よい。こんのすけの私を思ってくれる気持ちや心遣いが嬉しくて、胸がぽわっと暖かくなった。
こうやって支えてくれる存在がいるって、やっぱりいいなあ。
叶うなら、小さな狐の親切に寄りかかり、短い時間の外出でもいいので友人に会いに行きたい。……だけど。
ここへただ一匹、こんのすけを残す事が心配だ。今はもう、三日前とは状況が違う。この敷地には、手入れによって体の自由を取り戻した五十もの付喪神がうじゃうじゃしているのだ。
「でもこんちゃん、一人になっちゃうよ? もしあいつらに何かされたら──」
かわいいあんよを軽く握ってそう言えば、小さな狐はくつりと笑う。
「私は矮小なる管狐。されど、全くの無力というわけではございません。刀剣男士に不穏な動きがあれば、私なりのやり方で対処するまで。……なあに、さらりと往なしてみせますよ」
こんのすけは「任せておけ!」とでも言うようにもふもふの胸をどんと張るが、やっぱり私は不安なままで。
「んー……けど」
「主様。大丈夫です。どうかお気になさらず、今は御身を一番にお考えください。御友人に、お会いしたいのでしょう?」
まっすぐな黒い瞳はどこまでも柔らかく、揺るぎない声は包容力に満ちていて、頼もしい。贈られた言葉に、尚も憂慮していた心が緩んでゆく。
本当にこの子は──人情に厚い。思いやりのある、優しい子。
その溢れんばかりの慈愛に、心委ねてもよいのだろうか。
「……うん」
「でしたら、是非」
狐の面がこれまでにないくらい綻び、私は胸がいっぱいになった。
「ありがとう」
辛い思いをした後だからだろうか。優しさがやけに身に沁みて、止まっていた涙がまた滲みそうになる。特段泣き虫ってわけでもないのに、こりゃいかんなあ。
補助役狐の提案に甘えることにした私は、なんとか涙を引っ込めて彼を見送った。時の政府にお伺いを立てに行ったこんのすけを一人で待つのは心細かったが、小さな狐は三十分もしないうちに帰ってきてくれた。
「外出許可」のお土産を持って。