31
久々に顔を合わせた友人は昔と何も変わっていなくて、それが嬉しくて、懐かしくて、ただ顔を見ただけで心が弾んだ。
その時の二人の気分で決めたお店は、女っ気の欠片もないガッツリ系。大口なんて気にせず、ランチメニューのステーキセットに思う存分かぶりついた。柔らかくもしっかりとした歯ごたえ、滴る肉汁、濃い目のちょっとジャンキーな味……これが非常に美味しくて、なかなかフォークが止まらなかった。普段、こんな料理自分で作ることがないから、その分旨味を感じたのかもしれない。
食べて、しゃべって、笑って、時々真面目なハナシもしちゃったりして──……ランチだけで軽く二時間は同じ店に居た気がする。セットにデザートも付いていたのに、小腹が空いてついついケーキやらパフェやら頼んでしまった。
一、二年ぶりに会ったからか、どれだけしゃべっても話題は尽きない。同級生の誰々が結婚しただとか、一つ年上の誰々先輩が女関係でヤバいだとか、高校の頃の担任の頭皮が薄くなったとか……世間話には大いに花が咲いた。
で、仕事の話になると、私の愚痴が炸裂、爆発、暴走。これでもか! ってくらいにあいつら(もちろんあの刀剣男士どもね)への不満やら苛々やらを声に出してしまった。「人間不信の付喪神のオイタが過ぎる」とは言えないし、言っても「はあ?」という反応が来るだろうことは間違いなかったので、ある程度のフェイクは入れたが。
一から十まで不服を漏らす中で、ついでに私の葛藤も聞いてもらった。私を嫌う者共にはのっぴきならない事情があって、そのせいで少々人を信じられなくて、私はその過去のいきさつをありのままに受け入れてあげなきゃいけないんじゃないかって。そうする事が正しいのかもしれないとも考えるけど、でもそれができなくて。できない自分がちっちゃく思えて嫌になったりしちゃうって。
あいつらを嫌い、怒りの感情を向ける自分が醜いような気がして、優しさがどこかに消えちゃったような気がして、性格がどうしようもなく歪んじゃったんじゃないかって不安で。
人間不信に因らず、「私」そのものがイヤな奴だから嫌われてるんじゃないかって怖くて。
もっとドンと大きく構えて、聖人君子みたいに全てを受け入れられない自分の器の小ささに辟易する。あいつらの悲惨な過去を思い遣ってあげられない自分の心が怨めしい。
だけど、あんな大勢に辛く当たられて、まるで集団イジメのようなことをされて、傷付かないわけがないでしょう? 感情ある人間として、あいつらに嫌な気持ちを抱くのは仕方がないんじゃないか。
自分を責め、あいつらを責め、思っていること、悩んでいること全てをぶちまけた。こんのすけに言えず、一人で抱え込んでいたこともあってか、内なる思いは堰を切ったように溢れていった。止まらなかった。止められなかった。
支離滅裂になりながらも延々と続ける私の話を、友人は時に頷き、時に同調し、時に怒り、時に茶々を入れて聴いてくれた。「あんたがこんな風になるなんて珍しいね」と言われ、「確かに」と涙目で苦笑いをしてしまった。
笑ってしまうくらい、自分で自分がオカシイと。だいぶ参ってしまっていると。平静を保っているフリをする裏側で、そう感じていたのだ。昨日の、アレの後からずっと。
長いランチの終盤では、「辛いよおー」と子どもが駄々をこねるようにグダグダ呻き、友人にヨシヨシされたり放置されたり……まあ、ありがたいことにきちんと最後まで付き合ってもらった。
「ストレス発散にはカラオケ! 買い物!」
そんな友人の言葉に釣られ、ランチの後はカラオケとショッピング。大声出して気持ち良く歌ったし、こんのすけに似合いそうな可愛い布地や好みの花の種も買えたし、……それでちょっとスッキリしちゃうんだから、私もまあまあ単純な生き物だ。あっちに戻ったら気分転換にお裁縫を始めよう。三日眠ってこんのすけに迷惑を掛けたお詫びに、あったかい服を作ってプレゼントするのだ。
ちょっとお金を使っちゃったけど、十二月の旅行にはそう差し障りないだろう。どっちみち、旅費はあと十数万足りないし。この前とうとう、低利息のトコでのキャッシングを決めたんだよねえ。神様全員治せたことで、給料やボーナスの下がり幅にどのくらいブレーキがかかるんだろ。うー、気になる。
日が沈みかけるまで友人と過ごし、やがて別れの時がやってきた。ちょっとばかりお酒の入っていた私と友人は、最後に女子高生のようなノリで抱き合い、お互いの幸せと健康を祈ってそれぞれの帰路に着く。次にいつ会えるかは分からないし、約束もしなかったが、きっとまた遊ぶ機会はやってくるはずだ。
政府所有の黒くて長い高級車に揺られながら、迎えに来てくれた斉藤さんと雑談をする。最近寒くなってきたこと、畑に実る野菜のこと、秋の景色が綺麗なこと、池の錦鯉のこと──……別に無理にしゃべらなくてもよかったんだろうけど、何か話してないと間が持たなかった。窓はカーテンで締め切られてて外が見えないし、運転手さんは無言だし、後部座席には私と斉藤さんの二人だけだし……うわああああ。
いや、とりわけ斉藤さんが嫌いなワケじゃない。しかし大好きなワケでもなければ超仲良しってワケでもない。あのね、その、黙ってると怖いのよ。斉藤さんさあ、目を細めてじーっとこっち見てくるんだもん。胡散臭い微笑み浮かべて。……恐怖だよね。
妙な怖じ気と戦いながら車で移動すること数十分。もうすぐ時空ゲートのあるいつもの建物に到着するといったところで、斉藤さんが「大丈夫ですか?」と声をかけてきた。
何のことか分からず、「えっ?」とぽかんとしてしまった私へ、斉藤さんは少しばかり目をぱちくりさせた。そして、「昨日、泣いていたそうですね」と、彼にしては珍しい控えめなトーンで口にする。
「大丈夫ですか」の意味を知るとともに、げっなんでそれを。と思った私の脳裏には、本丸(職場)で私の帰りを待つ小さな狐の姿がポンと現れた。……こんのすけだな。うん、こんのすけしかいない。まあ、あの子も私の動向を政府に報告するっていう仕事を負ってるから、しょうがないんだけどさあ……。ちょっと恥ずかしいっていうか気まずいっていうか、ねえ。
「あー……まあ、はい。こんちゃ、こんのすけから聞いたんですか?」
「ええ。とても心配していましたよ」
「……そうですか」
思い出してしまう。おびただしい数の冷たい瞳を。凍りついた空気を。警戒心に満ち、研ぎ澄まされた静かな敵意を。
──心臓が、ギュッと締め付けられる。
「車を降りたら、少し話をしませんか。美味しい紅茶を淹れますよ」
知らず知らずに黙ってしまった私に、そんなお誘いがかかる。下がり気味だった視線を戻せば、「茶菓子はありませんけどね」と悪戯っぽく笑う斉藤さんが目に入った。その茶目っ気に少しだけ気を和らげた私は、軽く笑ったのちに小さく頷く。予定より早めに友人と別れたため、時間には余裕があった。
陽の落ちかけた秋の夕暮れ。緑に囲まれた小さなオフィスで、ささやかなお茶会が始まった。