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手入れを終え、軋轢が深まったあの日から数日。
友人に愚痴り、カラオケで騒ぎ、買い物にはしゃぎ、斉藤さんに支援(?)され、特別報酬の話があり──外出から戻った私は、けっこう元気になっていた。やはり気分転換は大切だ。
付喪神から受けた精神的なダメージが完全に消えたわけではないけど、まあ、平静さを保てて、普通に日常生活を送れるくらいには落ち着いている。
そりゃあ、あいつらを見るとやっぱり嫌な気持ちになっちゃうし、イライラもするよ。仕事抜きで関わりたいとは思わない。仲良くなれなくてもいい。放っといてあげるから、そっちはそっちで好きにしてくれ、って感じ。
……ああ、こんなんじゃなかったのになあ。ちょっと前までは、こんな考え方してなかったのになあ。
手入れに踏み込む前までは、あちらの出方に合わせて見守りながら、彼らが心を開くのを待ちながらゆっくりやっていこうと考えていた。そうしていつか歩み寄れ、公私共に打ち解けられるようになったら……こんのすけのように絆を結べることができたらいいな、と明るい夢を描いていた。
でも、アレがあったから。心がバッキバキに折れたから。
仲良しこよしだとか、円満な関係だとか、素敵な職場だとか、そんなのはもういい。人間(わたし)が嫌いなら嫌いでずっと憎んでろ(憎まれるようなことは何もしてないはずなんだけどね)。いつまでも前の審神者と重ね合わせて見てればいいさ。
なんて、思うようになってしまった。
これは悪い変化なのだろう。だが、なかなか気持ちの制御ができない。頭で分かっていても、心がいうことを聞いてくれないのだ。──私は彼らを、……本来仲間であるはずの彼らを、疎んでしまった。
私は今回の件で、あいつらと自分の間に一線を引く事にした。付喪神と揉め事を起こさないように。そして、自分を守るために。もうあのような惨めな思いはしたくなかった。
こんのすけには「斉藤さんとも相談して、刺激しないように刀剣男士のことはしばらく知らんぷりするねー」とだけかるーく伝え、この胸に蠢く陰険な心模様は告げていない。けれど、聡いあの子は気付いていそうだ。……何も訊かれはしないけど。
一線を引く、といっても、あいつらに対して攻撃的になったとか、あからさまにツンケンし出したとか、そんなんじゃない。七十もの神様たちを、気にしないようにするだけ。ひたすらに無関心でいこう。
この先、もしも付喪神たちが協力してくれるようになったら、その時は仕事のコトのみ受け入れるつもりでいる。割り切ってしまうのだ。我ながら冷たいとは思うが、ワケありにしろ無関係の私へあんな態度を取ってきた相手とプライベートで親しくなんかできない。……したくない。
あー、こんなこと考えたくないのに。同じ職場のトラウマ持ちな人間(神様か)を嫌いたくなんてないのに。みんなで仲良くしたいのに。
──私、やっぱりヤな奴になっちゃったのかも。
「主様?」
突然聞こえた声に、ハッと我に返る。隣を見ればほっかむりを被ったこんのすけがこちらを見上げていて、彼の黄色と白の毛のあちこちには土埃が付いていた。今日もシャンプー決定。
「ん、あ、何?」
「……いえ、急に黙り込まれ、じっとされているものでしたから」
黒いどんぐり眼が気遣わしげに私を見つめる。小さな狐の言う通り、私は考え事をするあまりに草むしりをしていた手を止めてしまっていた。ずっとしゃがんでいるせいか、若干腰が重い。
最近、私は物思いに耽ることが多くなった。あいつらに強い隔意を抱き、恨みつらみや不満を燻らせる一方で、それが間違っているんじゃないかと、自分が全部悪いのではないかと。相反する思いが心の中で渦を巻き、よくよく煩悶してしまう。その都度、こんのすけに呼ばれて現実に引き戻されるのだ。
こんな、いつまでも考え込んで引きずるようなキャラじゃなかったのにな。はあ。
「あー……なんでもないよ。晩ご飯の献立考えてた」
こんのすけを心配させたくなくて、困らせたくなくて、さらりと嘘をつく。あいつらへのネガティブな思いは、あんまりこの子に言いたくない。優しい狐はきっと、色々悩んじゃうだろうから。板挟みって結構辛いと思うんだよね。
「昨日お肉にしたから、今日は魚にしたいなー。鮭か秋刀魚か……こんちゃん、食べたいのある?」
心の暗いドロドロへさっと蓋をして、普段のように振る舞ってみせる。年をとると、こういったことばかり上手になっていくもんだ。イイコトなのかワルイコトなのか──どうなんだろうねえ。
「ふむ……鮭と秋刀魚であれば、私は秋刀魚の方が好きでございます」
「分かった。じゃあ今夜は秋刀魚の塩焼きね。あっ、せっかくだから七輪使おうよ。炭火でぱちぱちやりたい」
「炭火焼きですか。それはいいですね」
「煙がすごいことになりそうだけどね」
楽しそうに顔を綻ばせたこんのすけへそう言って、どちらともなく吹き出し笑いをする。こうやって過ごす穏やかな時間は本当に好きだ。すごく癒されるし、落ち着く。
「あ、そうだ。もうちょっとしたらカボチャが食べ頃になるよ。煮付けにコロッケに……あー早く食べたいな」
十月ももう下旬。離れの土間の一角には、保存の効く野菜や常温保管のできる野菜を置いていて、そこへ夏に採れた南瓜を数個、寝かせてあった。
私はてっきり、「カボチャ」ってものは秋に採れてそのまま食べるもんだと思っていたのだけれど、どうやら違っていたらしい。採れたてのカボチャは甘みがなくて、貯蔵することで水分が抜けて甘みが増すんだって。品種によっては収穫してすぐ食べられるおいしいカボチャもあるみたい。野菜って奥が深いよねえ。
「南瓜──……以前作って頂いた、天ぷらがおいしゅうございました」
「ああ、天ぷら! あれもいいよね」
いつだっけ、九月の中頃? 初天ぷらに挑戦して、ピチピチ跳ねる天ぷら油と格闘しながら作ったんだよね。軽い火傷もしたけどこんのすけが美味しいって喜んでくれて……たくさんご飯おかわりしてくれたなあ。頑張った甲斐があったわ。
時の政府の式神、管狐のこんのすけは基本的に私と同じものを食べている。「動物に油物とかどうなんだろう。体に悪くないのかな」と考えたこともあったが、こんのすけにも斉藤さんにも大丈夫だとお返事をもらった。「式神」というものは、やはり「生き物」とは違う造りになっているようだ。見た目は完璧に狐なのに。
「んーっ、腰が痛いっ」
小さな狐とカボチャの話をしている最中、腰の重鈍い痛みに耐えかねてよいしょと立ち上がる。中腰での草取り作業は、長時間やると腰に悪い。……二十代で腰痛持ちにはなりたくないので、休憩はきちんととらねば。
「ぐわあー」
両手を上げ、思いっ切り背伸び。私の漏れ出た声に、こんのすけが「熊の唸り声のようですな」と笑った。
「何それ、ひどーい」
年頃の乙女に熊だと? なんてことを。
「せめて子熊にしてよ」
「子熊でも熊は熊でしょうに」
「まあそうなんだけど」
腰骨をトントンと叩いて、もう一度背筋をぐーっと伸ばす。ああ、だいぶ重さだるさが楽になった。ついでに腰にひねりもやっとこうかな、と考えたが、やっぱりやめた。腰をひねって顔が横に向いてしまうと、たぶん、あいつらが視界に入ってしまう。
今日の昼間の見張り当番は、つなぎを着たおじさん臭そうな神様と、茶色の髪が無造作に跳ねている二人の神様。どちらも立派な長物を携えていて、彼らはどうも槍の付喪神らしい。こんのすけが名前を教えてくれたけど、頭には入ってない。
あいつらのことは見ないふり見ないふり。私にとっても付喪神にとっても、それが一番だ。
「よし、畑仕事終了ー。お月見の準備しなきゃ」
そう、今宵は満月。待ちに待ったお月見の日。
本当は九月の中秋の名月を楽しもうと思っていたのに、裏庭の模様替えに勤しんでいたせいですっかり忘れてしまっていた。月が欠け始めてから十五夜を逃してしまったことに気付いてガックリしていたのだけれど、こんのすけが「来月でも良いではありませんか。十五夜でなくとも、見応えはあると思いますよ」と提案してくれて。
今日のお月見は、私と狐のささやかな約束。一人と一匹のちょっとした催事。
幸い雲はなく、こんのすけも空を見て「今日はずっと晴れているでしょうね」と言っていたから、きっと綺麗な満月が見れるはず。小さな狐の天気予報はよく当たるのだ。
石灯籠の掃除に、蝋燭の用意に……そしてメインの月見団子。初めて作るからうまくできるかちょいと不安だけど、レシピ通りにすればなんとかなるだろう。そのままで食べるのに飽きた時のために、きなこやあんこも用意したい。
「んー、楽しみ」
秋の夜、まあるいお月様を眺めながら、手作りの月見団子をこんのすけと食べる。こりゃあ楽しそうだ。というか、絶対楽しい。
お月見についてあれこれ考えている時間は、嫌な気持ちが大人しくなる。
あいつらのことや自分のことでいっぱいいっぱいにならないよう、気が紛れるようなイベントをもっと取り入れてみようかなあ、と私は一人思うのであった。