雪解け - なんとはなしに

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 石灯籠の掃除オッケー、蝋燭のセットオッケー、月見団子一丁上がり、ついでに夕ご飯も調理済み。
 お月見の支度は滞り無く完了し、今日は夜に備えてちょっと早めの夕飯にした。後々月見団子を食べることが前提なので、ご飯とおかずの量はいつもより少なめである。胃袋の準備も万端だ。
 日が沈みきり、午後八時。雲ひとつない夜空を見上げたこんのすけの「そろそろ頃合いでしょう」という言葉で、一人と一匹の観月祭が始まった。
 ……始まったんだけどね。天気は良くて、月も丸いしすっごく綺麗なんだけどね。
 竹。背高ノッポの竹が邪魔をしていて。
 こう、広い夜空に浮かぶ満月を見たいのに、私の視野にある空は竹林のせいで半分が隠れてしまっている。あー、少し考えれば分かる事だったのに……裏庭向きの縁側でやるんじゃなかった。でも玄関の方の縁側だとさあ、あいつらが目に入っちゃうじゃん? それはそれでヤなんだよねやっぱり。
 くっ、付喪神が目に映らないかつ月がよく見える、絶好のお月見ポイントを探しておくんだった。準備にかまけていたせいで、場所はそこまで気にしてなかった。
 月見団子を口に放りながら、「見晴らしが悪い」だとか「あの竹林がなかったら」だとか「せっかく石灯籠に灯りつけたのに」だとかぶーたれる私を、こんのすけは苦笑して宥めてくれた。
 小さな狐に「反対の縁側へ移動なさいますか」と言われ、ううむ、と唸ってしまう。刀剣男士に会いたくないからヤダ! とは口にできない。しばし考えて「面倒だからいいよ」と答えれば、こんのすけは微かに笑った。
 場所が場所なために素晴らしいお月見とはいかないけれど、それでもまあ楽しいもので、小さな狐から月に関するうんちく話を聞いたり、二人で流れ星を見つけようとしてみたりと、ゆるやかな時が流れる。三方に盛った月見団子の出来は上々だ。もっちりしていておいしかったが、一度喉に詰めそうになって慌てた。
 一時間かそこらか経って、次第に首が疲れてくる。月は天高々と昇っており、眺め続けるには少々辛くなってきた。体も冷えるし、そろそろお開きにしようかなあ、と思ったところで、闇夜を照らすまあるいお月様へちらりと目配せをしたこんのすけが、やおら口を開く。
「お見せしたいものがあります」
 お見せしたいもの。はて、それはなんぞや。
 小さな狐の言うそれが全く見当つかなくて、私はハテナマークを浮かべたまま彼に着いて行った。どうやら外に出るようで、「げっ外かよあいつら居るじゃん」とギョッとしてしまったのはここだけの話。「寒いからやめとこうよ」と拒否すればよかったのかもしれないが、こんのすけの好意を無下にしたくはなかったし、「お見せしたいもの」も気になる。
 こんちゃん頼むよ……ないとは思うけどあいつらの近くには連れて行かないでね……。
 ハラハラする心でそんな祈りをしつつ、上がり框に降りてスニーカーに足を突っ込む。
「どうぞ上着を。外は寒うございます故」
「ん、はーい」
 促されて引っ掴んだのは、大きめのごっつい半纏。これあったかいんだよねえ。お気に入り。……女子力? 知らん。
 引き戸を開けると、冷たい空気が頬を撫ぜる。思わず身震いしたが、厚着しているためかそこまで寒くはない。冬にはきっと、肌を刺すような冷気に歯をガチガチ鳴らしてしまうんだろうなあ。あと二ヶ月もすれば十二月か……。
「足元にお気をつけて。こちらです」
 先導されるがまま、こんのすけの後を追う。彼の小さなあんよの向く先が畑の方向だったので、ひとまず安心した。
 今日も今日とて、虫たちは忙しなくコンサートを開いている。りんりんころころ思い思いに鳴く声が月夜のステージに響き、ロマンチックというか情緒があるというか、柄にもなくセンチメンタルな気分になった。
 満月だからか、夜なのに辺りはやけに明るくて、その光を辿るように夜空を仰ぐ。浩蕩たる濃い闇の中、頭上に浮かぶは円やかな望月。
 ──なんて、美しいのだろう。
 静々と輝く月球に目を奪われる。上ばかり見えていたせいで下への注意がおろそかになり、何かに蹴躓いてしまった。さっき、足元に気をつけろと言われたばかりだったのに。
「あれ、ここ?」
 こんのすけが止まったのは、意外や意外。慣れ親しんだ太鼓橋の中央だった。
「ええ」
 こんなところに「見せたいもの」? と一瞬疑問が生じたが、月見にはいい地点だ。周りに背の高い植物はなく、見晴らしがよい。本丸御殿も平屋なので、屋根もそう視界の妨げにならなかった。ここなら空がたくさん見渡せる。
 眺望のきくここからなら、夜空も月も、星も、観賞し放題。……うん、すごく綺麗。とても良い景色である。
 もしかすると、小さな狐は竹林がなんだとぶつくさ言っていた私へ、月のよく見える場所をプレゼントしてくれたのかもしれない。この子ってば、ほんとにいい子だよなあ。好き。
 隣に可愛い管狐、空にまんまるお月様、お腹は団子で膨れてる。言う事無しなんだけど……ただ、ちょうどあいつらも見えちゃうのが残念というか難点というか。ま、しょうがない。知らんぷり決め込むぞ。
 池を挟んだ向こう側、やはり彼らはいらっしゃって。本丸御殿の縁側に二つ並んだあの影は、さてさてどんな付喪神。……なーんて、へっ、興味ないけどな!
「主様、あちらをご覧に」
 欄干の擬宝珠にひらりと飛び乗ったこんのすけが、そう言ってある方角を向く。なんだなんだとそちらを見やるも、変わったものや珍しいものは見当たらない。夜空の満月以外は、いつもと同じ光景のように思える。
「んー?」
「もっと下の──池の水面にございますよ」
 よくよく目を凝らしている私の耳へ、小さな狐が鼻面を寄せた。まるで秘密を明かすように囁かれたその言葉は、幼い子どもが宝物を隠した場所を教えてくれるような、そんな声音をしていた。

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