01
「お気をつけて。また一ヶ月後にお会いしましょう」
斉藤さんが糸のように目を細めて笑い、手元にある何かの──おそらくはこの装置の──スイッチを押す。
施設の地下室。こんのすけと共にメタリックな台座に乗っていたが、急に体が宙に浮き、眩しい光に包まれたかと思えば暗転。しかしそれらは刹那の出来事で、「うわっ」と声を上げると同時に地に足が着いた。
テレビのチャンネルを変えたように一瞬で切り替わった視界。そこには、以前映像で見たあの本丸が映っていた。
空は赤黒く、至る所に暗雲が立ち込めており、和風の大きな建物は半壊している。枯れ草まみれの庭は荒れ果てていて、干からびた池には地割れの筋が幾つも走っていた。
なんだか──息がし辛い。体中が重い。気分が悪くなりそうだ。
「結界を」
「え? ああ」
リアルな光景に呆然としていた私に話しかけるは、少し離れた場所で私を見上げるこんのすけ。
廃れた職場と知ってはいたが、いざ来てみると衝撃で、すっかり自失してしまっていた。そうか、夢じゃないんだよな。現実なんだよな。私はここを……こんなひどい所を立て直さなきゃいけないんだ。
できるの? 私に。……非常に不安である。
「えーと、ごめん、マニュアルは読んだんだけど、イマイチやり方分かんなくて。教えてもらえるかな?」
小さな狐の側にしゃがむと、毛皮に覆われた小さな体がビクリと震える。黒い二つの目は私と合わない。
ああ──こんのすけはきっと、人間が怖いのだ。嫌悪すら抱いているかもしれない。
私に対するこんのすけの態度について、斉藤さんのあの一言で合点がいった。ここに住まう刀剣男士たちと同じように、こんのすけもまた、前任の審神者にいたぶられていたのである。この小さな狐も人間不信なのだろう。
だから私は、心に深い傷を負ったお狐さまと無理に仲良くなろうとしないことに決めた。残念ではあるが、仕方がない。どのくらい時間がかかるかは分からないが、まずは私が無害である事を分かってもらおう。
「あ、ごめんごめん」
軽く笑って、後退する。こんのすけとの間に距離を作り、もう一度「ね、教えて?」と尋ねれば、小さな狐は身の強張りを解いて頷いた。
「内なる力を、身に纏うのです」
はい、分かりません!
「ええええ分かんない。ざっくりし過ぎ。一から教えてよー……う、ん? 何これ」
どんどん体が重くなる。どんどん気分が悪くなる。どんどん胸が詰まってくる。これは、早く結界とやらを出さないとヤバいんじゃないの?
明らかな体の変調に焦っていると、こんのすけが「急がなければ」と呟いた。急ぎたいです、はい。
「まずは、集中してください。体の中心に気を集めるのです」
えっ、どうやって!?
「うー、分かんない」
「やるしかありません。気を集めてください」
「えええええ、うー、はーい」
気を集める……気を集める……体の真ん中に……。
……。
……、お?
「あ、なんか温かくなってきたかも」
私に纏わりつく重圧が、多少減った気がした。
「それを、全身に巡らせてください」
巡らせる……巡らせる……広がれ広がれー……。
おお、なんか気分がすっきりしてきた。
「更に、御身の周囲に。体内の外側に溢れさせるのです」
溢れる、溢れる……外に出す……やだ、できそう。私、できるじゃん。
意外にやれるもんなんだなー。これが審神者の力か、すごい。
「こんな感じで大丈夫?」
「十分です。あなたは今、御自身の霊力に守護されております」
「よ、良かったー。あのままだったら多分うずくまって吐いてたわ」
「この地の穢れは強うございますので、人への影響は多大です」
「穢れ。へー。やっぱヤバいとこなんだね。くっそー、鬼畜政府め……初心者をこんな所に送り込んでくれちゃって、危険手当弾んでよね。ちくしょう」
立ち上がってぼやけば、こんのすけが目をパチクリさせた。
あれ? 確かこんのすけは審神者のサポートもするけど、政府への報告とかもするんじゃなかったっけ? やばっ。
「うそうそ、今のナシね! 政府の悪口なんか言ってないよ私」
あははーと、笑い繕うが、こんのすけの反応はなし。それはそれで辛いわー。頼むよこんのすけちゃん、告げ口しないでね。
「さ、さーて、まずは浄化からだっけ? よし、頑張るぞー!」
努めて明るく振る舞い、話を逸らす。私の審神者人生、まだ始まったばかりだというのに、なんだかひどくくたびれた。