雪解け - なんとはなしに

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「あっ」
 視線を水上へ落とした私の目が捉えたのは、池に浮かんだ丸い月。
「すごーい!」
 驚嘆してつい大きな声をあげてしまう。夜空の望月が水面に映り池の真ん中がきらきらと光っている様子は、とても幻想的だった。
「見事な水月でしょう?」
 小さな狐が得意げな口振りで言うだけあって、まったくもって素晴らしい。一幅の絵のようだ。
「うん! うんうん、すっごい綺麗! ……ねえ、すいげつって?」
「水に映った月の呼び名ですよ」
 水に映った月……すいげつ、水月か。初めて知ったわ。
 気分を高揚させている私へ教えられた新たな単語を頭の中で反芻し、なんだか洒落てるなあと一人感心する。水の月と書いて「水月」、ふむ、素敵ではないか。
「へえ、そうなんだ。水に月……なんかいいねえ」
 太鼓橋の朱い欄干に両腕を乗せ、だらりともたれる。ああ、体が楽。
「お気に召されましたか」
「うん……めっちゃ綺麗」
 月並みな褒め言葉しか出ないが、本当に美しい風景だった。もともとここは自然豊かで四季折々の美観が楽しめているのだけれど、今宵は特別。こんなに明媚な月夜は初めてだ。
 天上の月と地上の月をうっとり見比べていると、お向かいさんに何やら動きあり。あれっやだなんか神様増えてない? 最初私が出てきた時は監視当番の二人しかいなかったよね?
 ……はあ。憂鬱。
 せっかくの良い景色なのに。二つの月を観賞していたのに。こんのすけが見せてくれたのに。
 なんとなく水を差されたような心地になってしまって、絶景に興奮していた心がしゅんしゅんと萎んでゆく。あいつらなんか知らんぷりじゃ! と思いつつも、やっぱり気にしちゃうんだよなあ。いかんいかん。
 いつの間にか増殖していた付喪神に内心ドギマギしてしまう。一、二、三……うわ六人プラスかよ。増えたのは月だけじゃなかったのか……って上手いこと言ってる場合じゃない。
 さ、意識をお月様に戻そう。今夜は満月。お月見だ。眺めるのは付喪神じゃなくて、まあるく満ちた黄色い月。
 と、気を取り直した矢先に、こんのすけが。
「おや、知らぬうちに刀剣男士が屋敷から出てきておりますな」
 えっ!? ここここここんちゃんあいつらのことは放っておこうよおおおおおおお! うわあああああ。
「そうだね。ちょっと騒いじゃったから起こしちゃったのかな──あ、刀剣男士って眠らないんだっけ?」
 焦りを伏せ、努めて平常心を装いしれっと返事をする。小さな狐は「はい」と頷き、池の向こうをじっと見つめた。……彼は今、何を思っているのだろう。
「あの方々は人の身を得て永き刻を過ごしておられます。されど、人間らしい暮らしが露いささかもできなかったが為か、完全な順応はできていません」
 この話は以前、こんのすけに聞いたことがあった。ここの刀剣男士は魂が器(人の体)に馴染んでいないので、ご飯も食べないし眠りもしないと。前の審神者の代、人のような生活とは無縁で、戦いにばかり使われていた事が関係しているそうだが……難しい事はよく分からない。
 人生、食と睡眠はなくてはならないものだと思うけど、まあ、あの子ら神様だもんね。人と違って当然か。でもこんのすけのこの言い方だと、体に魂? が馴染んだら寝たり食べたりし始めるってことじゃない? もし、そうなったら──。
 そうなったら。
 あいつらが私(人間)と同じような生活をするのであれば、調理器具や寝具、日用品を提供しなくてはならないなあ。それは別に嫌じゃないんだけど、神様ってご飯作れるのかな? 洗濯とか、布団の干し方とか、お風呂の入り方とか大丈夫なのかな? 私が世話を焼かなきゃいけなくなったら面倒だ。……うーん、どうなんだろう。考えたってしょうもないか。なんとかなるよね多分。
「器に神魂が馴染めば、彼らはもっと力をつけるでしょう」
「……力をつける、ねえ」
 刀剣男士がパワーアップ。……彼らが味方であれば、とても心強いものなのだろう。今のこの状況では不安材料にしかならないが。
 あー、力を増したあいつらが神通力とか使えるようになったらどうしよう。遠隔射撃でお陀仏じゃん。うひー、結界はどのくらい保つかな。
「力とかつけなくても、みんななんか強そう」
 鋭く光る白刃を腰に帯び、逞しい男の体を持つ神様。中には細身の付喪神もいるようだが、そいつらだって決して弱くはないはずだ。
「ええ……そうですね。先の審神者の頃、この地の刀剣男士は数多の戦に出陣されておいででした故、皆練度は高うございます」
「……ふうん」
 休む間もなく、負った傷もそのままに戦いを強いられていた彼ら。……その悲惨な過去を思うと、心がチクリと痛む。私を憎み、嫌い、あんな態度をとったあいつらは嫌いだけど、憐憫の情がまっさらに消え去ったわけではない。
 頬杖をつき、漆黒の虚空に目線を投げる。上の空になったせいで、月も神様も視界からシャットアウトされた。
 私はあいつらが好きじゃなくて、あいつらも私が好きじゃなくて。
 仲良くなんてなれなくていいし、仲良くするつもりもない。気を許してくれなくてもいいし、気を許すつもりもない。仕事以外で関わりたくないという心だって、まだ硬い。
 ──でも。
 あのボロボロの服くらいはなんとかしてあげたほうがいいかなあ、と。
 深々と降る月光を浴びながら、ぼんやり思うのであった。

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