雪解け - なんとはなしに

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「へっ、かめ!?」
 予期していなかった答えにびっくりして、素っ頓狂な声をあげてしまう。
「かめ、ってあの……?」
 長丸の甲羅に、伸び縮みする首を持つ、動物の亀。……まさか。
「はい。『亀』にございます」
「えーっ!? ……亀……亀だったんだ」
 やっぱりその亀!? 亀の「かめきち」? 安直な──っていうか、刀剣男士じゃなかったんかい! 微塵の疑いなく刀剣男士だと思ってたよ。……でも、なんで亀が? しかもあっちの様子を見るに、その亀と付喪神は仲間っぽいよね? もしや、神の使いの化け亀だったり……。
 色々な疑問と色々な想像を頭に巡らせていると、小さな狐が愉快そうに笑う。
「亀の『亀吉』。刀剣男士、浦島虎徹の……友人、といったところでしょうか」
「友人。ほー、神様には亀の友達がいるんだね。その子も式神? それとも他の神様の一種? こんちゃんみたいに喋ったりするの?」
 初耳の情報にただただ驚き、生まれ出た質問をぽんぽん口から飛ばす。
「どうでしょうねえ。現在、『亀吉』について知られている事は多くない故、私もその正体は正確に存じませんが、政府の式神ではありませぬ。霊獣か、神使か……詳しいことは明らかになっていないのです」
「ふーん」
 ほうほう、と関心を寄せる私へ、こんのすけは微笑みながら続けた。
「亀吉は刀剣男士と違い、特異的な力を持たず発話もできません。されど、付喪神の友たる亀です。そんじょそこらの爬虫類と同じというわけではないでしょう」
「うーん……よく分かんないけど、謎が多い亀ちゃんなんだね」
「左様にございます」
 ゆっくりと一つ頷いてみせた小さな狐。たぶん彼は、前の審神者の時代から「かめきち」と知り合いなのだろう。声や表情がどことなく嬉しそうだ。
 ──こんのすけとあの亀は仲が良かったのかな。昔、どんな付き合い方をしていたのかな。
 そんなことを聞いてみようかどうしようかと思いあぐねた刹那、小さな狐が擬宝珠に乗ったまま、私の顔をじっと覗き込んできた。
「主様、ご安心を。亀吉はあなた様へ害を為しませぬ。敵意はないようですし、そもそも亀吉は人命をどうこうできるような力なぞ保有しておりません。……何より、亀吉は好き好んで誰かを傷付けるような気性をしてはいないですから」
 真っ直ぐな澄んだ瞳が、まじろぎもせず私を見つめている。森閑と降り注ぐ月桂はひっそりと光り、狐の黒いどんぐり眼を煌めかせた。一毫の濁りもない双眸は、どこまでも清らかで。
「ん。……分かった」
 こんのすけがこんな目をして言う事は大抵が真実で、信用できる。この子の言う通り、「かめきち」はあいつらとは違って無害なのだろう。
 付喪神の友だという亀。それは私を嫌悪していないか、私を攻撃してくるようなものなのか、実は少し気になっていた。今は亀のなりをしているが、やにわに刀に化けて斬りかかってきたらどうしよう、と。
 でも、この狐がああまでも真剣に言うのなら──きっと心配はいらない。
「亀なんて前から居たっけ? こんちゃんと違う狐は何回か見たことあったけど、亀は今日初めて見た気がする」
「私も亀吉を実見したのは久方ぶりにございますが、ずっとこの地に居たには違いありません。亀吉は浦島虎徹と共に在るものですので」
「うーん……」
 小さな狐の言う事が分かるようで分からない。手入れからもう二週間は経っており、「かめきち」がずっとここに居たというのならば、一度くらい目にしていてもおかしくはないように思う。
 聞くに、かめきちは付喪神の友達らしいではないか。では、あの狐のように──ある刀剣男士のお供だという狐のように、常に相棒と行動しているものなのでは?
 どうも腑に落ちない。知らぬ間に顰めっ面となっていると、こんのすけが「もしかすると」と口を開いた。
「表に出ぬよう、御殿へ押し込められていたのやもしれませんな」
「ああ、そっか」
 なるほど。合点がいった。
 人嫌いの付喪神は私を危険視していて、かめきちを守るべく本丸御殿に隠していた。そう考えると、私が今までかめきちに出会えなかったのも分かる。私と接触させたくないのだろう。現に今、何人(口か)かの刀剣男士がこちらへ来ようとしているかめきちを止めようとしているし。べーっつにスッポン鍋の材料にしたり、いたずらにいじめたりしないんだけどな。
 小さな亀は未だに池の淵に組まれた石を乗り越えようともがいている。私の張った結界に阻まれ、通り抜けはできないようだが……ううむ。先ほどこんのすけが「こちらへ来たがっている」と言っていたけれど、かめきちは池に入りたいのだろうか?
 亀というと、川や池にのんびりぷかぷかと浮かんでいるイメージがあった。あの亀が水棲なのか陸棲なのかは知らない。もし水棲ならば、悪いことをしてしまったな。結界バリバリ張って水と切り離すなんて。
「池に入りたいのかな」
 僅かな罪悪感が滲み、ぽつりと漏らす。
「かもしれません。何せ亀吉は『亀』ですので」
「……そっか。だよねえ。『亀』だもんね」
 亀なのに水に浸かれない。それはだいぶ可哀想だ。……なんとかしてあげられないものか。
 結界をちょっと狭めて池の一部を自由に使えるようにしてみる? 一日に何回か池の周りの結界を解くようにしてみる? それともいっそ、「かめきち」だけ結界に入れるようにしてみる?
 欄干に頬杖をついて色々考えてみるも、お向かいさんがいい具合にやかましくなってきて気が散る気が散る。厄介なことにならないうちに退散しようと半ばげんなりしつつ決め、「寒くなってきたから帰ろうよ」と小さな狐に声をかけた。
 秋の夜長の観月はこれにておしまい。静かに光る、空と水面の二つの月にさよならをする。いやいや、本当に見事な望月だった。
 一人と一匹のお月見のはずが、いつの間にやら大賑わいになってしまった。ま、神様は月なんて見てないだろうけどねえ。まったり月を観賞できなくて口惜しい。あいつらも私の監視ばっかりしてないで、少しは他の事してエンジョイすればいいのに。憎んで恨んでばかりの生き方って楽しくなさそう。
「こんちゃん、来年も一緒に見ようね」
「ええ。来年も、そのまた来年も……あのう、主様。差し出がましいかもしれませんが、その、よろしければ約束を──して頂けないでしょうか」
「え? いいよ! 全然いい。約束しよ、毎年一緒。次は十五夜お月さんを忘れないようにしないと」
「そうですね。……ありがとうございます」
 帰り道にそんな心温まるやり取りがあり、控えめに約束をねだってきたこんのすけに胸がきゅんきゅんしてしょうがなかった。この子ってばなんでこんなに可愛いの。
 離れの戸を閉める間際まで後方はがやがやとしていて、「あいつらはいつまでああやってるんだろうなあ。亀に振り回される神様ってのも不思議だなあ」と、呆れの混じった溜息が自然に出てしまう。とりあえず、きな臭いような事態にならなくてよかった。
 さて、風呂に入って政府に日報を送ろう。そうしたら後は、寝るだけだ。

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