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一人と一匹のこじんまりとした素敵な観月祭。月夜が去って新しい日々が始まるわけだが……本丸での私の日常に登場人物(人じゃないけど)が一人(一匹だけど)増えた。
──それは、例の「かめきち」である。
付喪神の友達だというあの亀ちゃんてば、やっぱり池に入りたいのか一夜明けても結界に突進しまくってきているのだ。で、数人の刀剣男士がわあわあ騒ぎ立てて……げんなり。すっごく気疲れするわー。
神様たちが一匹の小さな亀を大声で呼び戻そうとするも、かめきちはフル無視で結界とぶつかり稽古。やがてしびれを切らした少数の付喪神がそろりそろりとあちらとこちらの境目に近付き、素早い動きでかめきちを抱っこ、回収、撤収。……しかし、かめきちは一時間もしないうちに再び庭に現れ、池の外縁に聳える結界へごいんごいんとアタックしていた。
うまく抜け出せるルートが見つかったのか、隠密行動に磨きがかかったのかは知らないが、何度回収されようとも少し時間が経てばかめきちは必ず姿を見せる。これにはあいつらも困り顔だ。特に明るい橙色の髪をした子はいつもオロオロとしていた。……多分、あの子がかめきちの友達なのだろう。
来訪、回収、来訪、回収、来訪、回収──ひたすらにそれが繰り返され、あいつらが結界付近までやって来る度に私の心臓はヒヤッとする。お願いだから来ないでー!
意識的に平静を装い野良仕事に集中しようとするが、結界にドスコイしているかめきちや接近と退散を反復するあいつらが気になってどうも身が入らない。旬を迎えた作物の収穫を一通り終わらせておきたいのに。
それにしても、案外亀ってのろくない生き物なのだな。かめきちがさっさかさっさか地べたを前進するもんで、あいつらは若干捕獲に手こずっているようだった。亀ってあんなに速く歩けるんだね。「もしもし亀よ」の歌もあてにならん。
「なんとまあ、御方々の忙しないこと。亀吉も不憫にございますな。ああも自由にさせてもらえないとは」
池の向こうで繰り広げられるドタバタ劇を横目に見て、こんのすけは「ふん」と鼻を鳴らす。その口調は嘆かわしそうな、呆れたようなものだった。
「……まあねえ」
かめきちが不憫、という意見には同調できる。懸命に地を這い池に辿り着いても、追いかけてきた刀剣男士に一も二もなく連れ戻されるのだから。それに、私が結界を張っているせいで水に浸かる事はできず、いつも池の縁止まり。
やはり刀剣男士は避けたいものであるが、ひたすらに池を求め、それが叶わぬ亀は見ていて気の毒だ。大きめの桶に水を張った簡易プールのようなものを贈呈しようかな、それとも池に入れるよう結界をどうにかこうにかしてみようかな、などと考えつつ、いやでもしばらくしたら諦めるかもしれないしなあ、と踏ん切りがつかずにいた私だったけれど。
「かめきち」は次の日も、また次の日もやって来て、結界を通り抜けようと一心不乱に四肢をバタつかせている。その度に慌てふためいた様々な付喪神が小さな亀を引っ攫ってゆき、なんとも言えない気持ちになった。
あいつらとしては大嫌いな人間の近くに仲間(亀)が行って欲しくないのであろうが、あの亀ちゃんはそんなの関係なしに水に浸かりたいらしい。……まあ、亀だもんね。体が水を欲するのは、本能的なものかもしれない。
「かめきち」を結界抜けられるようにしたらあいつらが怒りそうだし、プール代用の桶を贈って壊されでもしたら私がプッツンしちゃいそうだし、池の結界自体をなくして錦鯉に何かあったら嫌だし……ああ、やきもき。
一日、二日とあれこれ悩んだが、「もうどうにでもなれ! 毎日こんなんじゃかめきちが可哀想なんだー!」と。
こんのすけの勧めもあり、結局私はお月見から四日目にして、小さな亀を受け入れた。
かめきちだけを結界の中に入れるようにしたのである。
言わずもがな、刀剣男士はえっらい驚いて、その後それぞれの反応をしてみせた。すっごい険しい顔で睨んでくる人、超心配そうに「かめきち」を呼び戻そうとしている人、冷たい眼差しを向けてくる人、怒鳴って牽制をかけてくる人、何かを探るような目で見つめてくる人、にこやかな表情だけど無言の人──ほんと、色々いた。五十ちょいいるんだから、色んな人がいるのも当然か。あ、人じゃなかった神様だ。うーん、あいつらってば見た目がまんま「人間」だから神様扱いが全然定着しない……まあいっか。
賑やかなお向かいさんにうんざりしつつ、伝えるべき事だけは言っておいた方がいいかな、と両手を口に添えメガホン代わりにする。自らあいつらへ話しかけるなんぞ──接触しようなんぞ嫌で嫌でたまらなかったが、妙な誤解を招きたくはなかった。
ま、言ったところで神様は納得してくれないだろうけど、大切なのは「私の意思を伝えた」という事実。ここできちんと発言していれば、後々いちゃもんつけられたとしても「あの時ちゃんと言ってたよね?」と返すことができる。
「池に入りたそうだったから通れるようにしただけで、『かめきち』に意地悪するつもりはないからねー! 亀に水遊びは必要だと思うよー」
張った声は彼らの耳に届きはしただろうが、私の意図を解ってもらえたかどうかは不明だ。あいつらはこちらを睨んだり、訝しげな視線を送ってくるばかりで、なんせコミュニケーションがとれない。なんか反感買っただけな気がするなあ。んもーちょっとは聞く耳持ってよお。
警戒オーラ剥き出し、陰険な空気、突き刺さる不審感──やっぱ余計なコトするんじゃなかった……と若干後悔してしまう。
それでも、悠々と池を泳ぎ、満足そうに水にぷっかり浮かんでいる小さな亀を再度池の外に弾き出す気は起きなかった。のんびり池を揺蕩うかめきちはそりゃあ気持ちよさげで、そんな様子を見て「この選択は間違ってなかったんじゃないかな」と思える。
あいつらにとってはどうだか知らないけれど、少なくとも、「かめきち」にとっては。