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小さな亀と通じ合えそうな予感に気を緩ませたのも束の間。十一月に入ってすぐ、私に新たな難題が降りかかった。
……カボチャ。カボチャだ。夏に収穫し土間でじっくり寝かせ、ヘタがからからに乾いてずっしりと重くなったカボチャ。
こんのすけに「食べ頃」のお墨付きをもらい、さっそくそれを食べようとしているのだが、問題が起きた。
──包丁が、通らないのだ。
ステンレス製の軽い物だからなのか、それとも単に私が非力なのか。とにかく、ぜんっぜん切れない。角度や力の入れ方を変えてみても、分厚い皮に少し切込みが入るくらいだ。「歯が立たない」ならぬ「刃が立たない」である。
こんなに硬いなんておかしいのではないか。前に調理したカボチャ(政府の支給品)はちゃんとこの包丁で一刀両断できていたのに。
汗水垂らして手ずから育てたカボチャを寝かせ過ぎてしまったのか、水分を失くし過ぎたのかと心配になったが、こんのすけ曰く、そこは問題ないらしい。むしろ、とても良い状態だとカボチャを褒め、「さぞかし甘いでしょうなあ」と呟いていた。それを耳にした私は食い意地を発揮し、何が何でも食べてやると意気込んだ。
あの暑い夏、手塩にかけて育てたカボチャ。やっと食べ頃になっていざ料理せんとしているのに、今更諦めてなるものか。
昨日からずっと「明日はカボチャ食べようね」とこんのすけと話をしていて、今の気分はカボチャ一色なのだ。今日の夕飯はカボチャ料理がいい。カボチャ料理しか作る気がしない。カボチャ料理じゃないと食べたくない!
カボチャコロッケ、カボチャの天ぷら、甘煮──あのねっとりとした甘さ、食感……絶対に食してみせる。ネバーギブアップ。
諦めたらそこで試合終了だと奮起し、切り方を工夫したり包丁に体重を乗せてみたりしたが、やはりカボチャは硬く、断ち切れない。表皮の傷が増えてゆくばかりである。なぜこうも実に届かないのか……つらい。
「僭越ながら申し上げますが、その包丁では力不足なのかもしれません」
ずっと苦戦している私を見かねてか、こんのすけが気の毒そうに私へ告げた。一つのカボチャと格闘し始めてかれこれ一時間は粘ったか。さすがにちょっと疲れたし、力づくではどうにもなりそうにない。それに、良い案が思い浮かばなかった。
私が今使っている包丁は、自宅から持参した物だ。二千円かそこらの見切り品で、確か社会人一年生になり、一人暮らしを始めた時に買ったもの。安売りされてたし、量産品だし……こんのすけの言う通り、「もの」としてあまりよくないのだろう。
ただ、これまで特に不便を感じたことはなかった。この前料理したカボチャは切れたのになあ、と歯がゆい気持ちで包丁を見つめていると、こんのすけが土間の奥から声をかけてきた。
いつの間にやら向こうに移動したのか、そちらに行ってみれば、小さな狐が何やら棚を物色している。訝しんでこんのすけの手元を覗き込んだ私へ差し出されたのは、一本の錆付いた包丁だった。
ふむ、その包丁には見覚えがある。この地へやって来たばかりの頃、離れの大掃除をした折に土間に転がっていた包丁だ。赤錆びてしまってはいたが、刃毀れがなかったので一応とっておいたのだけれど──……まさか、こんのすけはこれを使えというのだろうか。
こんなに錆びてちゃ、役不足どころか役立たずじゃないの。
思ったことを素直に零すと、こんのすけはにっこりと笑う。
「この刃物、なかなかの業物です。今は錆びて使い物になりませんが、手入れをすれば見違えるでしょう」
ほお、手入れ。そのこびり付いた錆が取れるのか半信半疑だが、いったい何をすればいいのだろう。包丁研ぎなんぞしたことないが……私にもできるのだろうか。
具体的な方法を尋ねた私へ返されたのは、「式神を呼びましょう」という答え。ああ、なるほど、私がどうこうするのではなく、式神に直してもらえるんだ。式神って刀剣男士だけじゃなくて包丁も扱えるんだ、などと感心していると、爆弾が落とされた。
なんと、式神は手入れ部屋でしか呼び出せないとのこと。嘘だ。なんでどこでも呼び出せるようにしてないの政府さん。今すぐに仕組み変えてください。離れでも呼び出せるようにしてください。
うっそマジであっち行きたくないんだけど! 無理! と、心が全力で拒否している。付喪神がうようよしてる本丸御殿に行くくらいなら、今日のところはカボチャをやめときます。包丁は今度ネットでいいやつ買います。
あちらへ行くのが面倒なのでいい。残念だけどカボチャはまた次にしよう。そのうち頑丈そうな包丁を買うから。
そう断りを入れてみるも、小さな狐は珍しく引かなかった。
「主様は式神を喚び出されたことがないでしょう? 何事も経験、ですよ。いかがですか」
以前も感じたけれど、こんのすけの言い方というか勧め方というか、そんなのがうちのおばあちゃんとよく似ている。決して無理強いするのではなく、私のためを思ってやんわり勧めてくるような、そんな所が。
何事も経験。ずしんとした響きだ。式神を使った刀剣男士の手入れは審神者の業務の一つでもあるらしいが、私はまだそれを実施できていない。こんのすけの言う通り、式神すら喚び出したことがない。……他の新人審神者はきっと、もうとっくにやってのけているのだろうなあ。
たぶん、私は同時期に審神者となった人達よりも遅れを取っている。
そんな自覚があるもんだから、雇い主のために審神者としての仕事に関することを一つでもこなしたいというか覚えたいというか……劣等感が故に、気にしてしまう。こんのすけの提案はとても断りにくいものだ。
でも、今回は刀剣男士じゃなくて包丁の手入れだもんねえ。別に仕事でもないし、必須ってわけではなかろう。それに、あいつらと関わりたくない気持ちもやっぱりある。
「やってみてもいいかもしれないね。でも、神様がねー……部屋を使わせてくれるかねー……」と、遠回しに言葉を濁してみたが、こんのすけは「では私めがお願いをしてきましょう」ってばびゅーんと御殿に行っちゃって。引き止める間もなかった。丸っこいのにどうしてあんなに素早いの。
ぽかんとして、慌てて後を追いかけて、見張りの付喪神に睨まれて「うっ」とたじろいで……土間や玄関先をうろうろそわそわしながら待ち、約三十分後に小さな狐は戻ってきた。三十分も粘らなくてよかったのに……こんちゃんそこ頑張らなくてよかったんだよ。
手入れ部屋を貸してくれるって言われたらどうしよう。神の魔窟へ行くはめになったらどうしよう。
少々不安だったが、まあ、あいつら私のこと嫌いだし、絶対断ってくれるよね。なんて、そう思っていた。
そう思っていたんだけど。
「主様、了承を得ることができました」
ぐおおおおおおおおおおおおおおおおなんでオッケーなの!? そこは断れよお前ら! 私のこと嫌いなんでしょうが! 気まぐれなのかなんなのか知んないけど、ありがた迷惑だわ!
なんて、自己中心的なことを考えつつ、「えっうそ。何かの間違いじゃない?」と尋ねた私へ、こんのすけは「まじにございます」とにっこり頷いた。顔が引きつりそうになるのをなんとか堪え、「えっ、あっ、ほお」と意味のない声を出していると、小さな狐が式札を用意するよう促してきた。
「えーっと、式札、これでよかったっけ」
「はい。間違いありません。では、参りましょうか」
「えっ今!?」
「ええ。早くしないと夕飯に間に合わなくなりますよ」
「や、あ、えらい急だね。っていうか罠とかじゃない? 行ったら私殺されるかも」
「ご安心を。不躾けな真似はせぬようきつく言いつけております。それに、あの時のような振る舞いはこのこんのすけが許しません」
「えっ。そ、うなんだ」
数々の冷たい瞳、凍りついた空気、研ぎ澄まされた静かな敵意……ああ、嫌だ。
──あの時のような振る舞い。あの日のアレを思い出してしまい一瞬体が強張った。
「はい。主様は私めが必ずお守り致します。……ささ、参りましょう」
「あ、え? ん、うん」
内心すっごく嫌だった。しかし、こんのすけが包丁を咥えてシャッと表に出てしまったので、億劫だったが曖昧な返事をしながら小さな狐についていく。とりあえず今できることを、と、私とこんのすけに掛けてある結界をがんがんに強化しておいた。
「主様、お早く」
「う、はーい! 今行くー」
包丁の柄を口に挟んだまま器用に喋る狐に急かされ、半ば勢いで戸口へ向かう。
急展開過ぎてついていけてない感満載だけど、どうしてこうなった。
カボチャ料理にありつくため? カボチャを美味しくいただくため? ネットで切れ味が良い包丁買えばいいだけなのに、なんでこんな苦行を、苦行を──……はっ!
もしかして、もしかすると……これはカボチャの神様の試練なのかもしれない。このカボチャを食べたいのなら、本丸御殿の手入れ部屋で包丁を直し、刀剣男士と交流してこいと。カボチャ神のお導き? お導きなの?
無事包丁の手入れを済ませ、付喪神たちと距離を縮める。さすれば、カボチャへの道が開かれるであろう……って、そんなわけないでしょうが!
気が動転しているせいか、どうしようもないくらいすっ飛んだ妄想と、どうしようもないくらいくだらないノリツッコミを脳内で繰り広げてしまう。
「あー……なんでこんなことに」
人知れずぼやく私とは対照的に、庭に出ているこんのすけは穏やかに微笑んでいた。