雪解け - なんとはなしに

41*


 秋も深まる十一月。本丸御殿を囲む自然は見事な紅葉を迎え、山々は赤や橙に色付いている。長年続いた穢れの影響か、太鼓橋の袂の銀杏や畑の裏の栗や柿の木は、葉の色を変えども実をつけはしなかった。
 夏に青々と茂っていた庭の緑は褪せ、名も無き草の中には枯れかけのものもある。秋色に包まれる本丸だが、この地の審神者が秋桜や鶏頭などを庭のあちこちに植えていたため、所々は華やかだった。
「ん? んん? 鳴狐、離れからこんのすけどのが」
 離れに暮らす人の女がカボチャ相手に格闘していたその日、昼間の監視当番は一期一振と鳴狐。
 御殿の縁側で刀剣男士と共に人間を見張っていた一匹の狐は、池の向こうの建物から出てきた獣を見つけ耳をピンと立てる。
 戸口から飛び出し、軽快な足取りで池を回り込むのは審神者の補佐役こんのすけだ。彼は「カボチャが切れない」と嘆く女の力にならんと、錆びた包丁を直すために手入れ部屋へ立ち入ってよいか付喪神に了承を得ようとしていたのだった。
 この本丸は女の赴任地であり、そもそも、御殿や手入れ部屋は女の職場である。本来ならば立ち入りに刀剣男士の許可を取る必要などないのだが、ここに住まう神々の抱える事情のせいで自由な行き来は難しい現状があった。彼らは凄まじい人間嫌いが故に、審神者を受け入れない。また、先の一件により女も女で付喪神を避けていた。
「……っ」
 庭を駆ける管狐を目に留めた一期一振は警戒を強め、刀の柄に手をかける。隣に座る鳴狐も、刀こそ握らなかったがいつでも動けるよう神経を尖らせた。先の審神者に兄弟をひどく扱われた過去のある粟田口の付喪神──中でも一期一振は、他の刀剣男士に比べ人に対して懐疑的で、嫌悪感も大きかった。
 毛艶の良い尻尾を揺らして走る管狐は明らかに二口の方へ向かってきており、距離が縮まるに連れて場の空気がぴりりと張り詰めてゆく。ついには、粟田口の太刀が縁側からひらりと降り抜刀の体勢をとった。
「こんにちは。ご機嫌いかがですか、一期一振、鳴狐。お供も」
 二口の元へ辿り着き、息切れもせずにこやかに話しかけるこんのすけ。
「……何をしに来た」
 一期一振は険しい面持ちで低い声を出し、刀の柄を握り直す。お供の狐は鳴狐の後ろからおろおろと双方の様子を眺めていた。
「はあ。……一期一振、なんですその顔は。検非違使も泣いて逃げ出しますよ」
 つり上がった眉、眉間の濃い皺、鋭い眼光──厳しいそれらを見て、管狐は大げさに溜息をついた。陽が傾きつつある空はうっすらとオレンジ色になり始めている。淡く温和な夕日を浴びていても、刀剣男士の渋面が柔らかく見えることはない。
「こ、ここここんのすけどの! 失礼ではございませんか!」
 管狐の軽口に反応しない一期一振と鳴狐であったが、お供の狐は違った。管狐の一言で一期一振が不愉快になっていないか肝を冷やし、目に見えて狼狽えている。
「失礼も何も、それくらい恐ろしい顔をしているでしょう? 面構えのみで検非違使を退けられれば楽な話ですが」
「な、何を──!」
 声を荒げるお供の狐へ、鳴狐が人差し指を立てシーッと諫止する。一瞬ビクリと身を震わせたお供の狐は、耳を伏せてもごもごと口を閉ざした。
 息の詰まるような静寂が訪れ、西風が落ち葉を散らかしながら通り過ぎる。管狐は縁側の付喪神らを十分に観察したのちに口火を切った。
「突然で申し訳ないのですが、一つ、相談がありまして」
 言って、管狐が枯れかけの草地へ腰を下ろすと、鳴狐は怪訝そうに片眉を上げた。一期一振は変わらず硬い表情をしている。
「手入れ部屋を使わせていただけないでしょうか」
 安穏に申し入れる管狐へ、一期一振は吐き捨てるように即刻「なぜ」と返した。彼の刺々しい顔には不信感がくっきりと浮かんでいる。管狐の背後にいる女や時の政府の姦計を勘ぐってのことだろう。けれど、純粋な疑問もあった。現在、この本丸には手入れが必要な付喪神はおらず、どういった理由で手入れ部屋を使用するのか──一期一振も鳴狐もひっかかりを覚えていた。
「一言で言えば、南瓜のためです。今回式神に直させたいのは、ただの料理包丁。刀剣男士の手入れを行うのではありません。御方々は先日の手入れで皆、傷を癒やしているでしょう?」
 管狐が問いかけるが、お供の狐が「か、かぼちゃ?」と目をぱちくりさせて呟いただけで、付喪神は誰も答えはしない。しかし、管狐は特に気を悪くすることもなく、事情の説明をすらすらと続けた。
「主様は本日の夕飯の食材に南瓜を選ばれたのですが、手持ちの刃物ではどうにも切れないようでして……。そこで、もともと離れにあった錆付きの包丁を利用できないかと考えた次第にございます。──おや」
 話の途中で鳴狐の背後にある障子襖が開き、鶴丸国永と加州清光が顔を覗かせる。御殿内で暇を持て余していた(他の刀剣男士より一期一振たちの近くに居たということもあるが)この二振りは、管狐の声を聞き付け状況を見極めに来たのだった。
「うわ、やっぱりこんのすけじゃん。なになに、何やってんの?」
 赤い瞳で辺りを見渡し、加州清光は場へ居るものへ尋ねかける。その横に立つ鶴丸国永は、管狐を見据えて口角をニッと上げた。面白いものを見つけた、とでもいうように。人を疎めど、刃生に驚きを求める白き太刀にとって、管狐の来訪は良くも悪くも刺激になるのだ。
「鶴丸国永に加州清光。こんにちは、ご機嫌はいかがですか。霜月ともなれば冷えますねえ」
 二振りの登場にちっとも取り乱すことなく、管狐は物柔らかに挨拶をする。そして、先ほど一期一振たちへ話した事を同じように伝えるのだった。

前へ  次へ

76