雪解け - なんとはなしに

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 それは何の前触れも何の予兆もなく、霜月の初めに勃発した。
 さあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい。「カボチャ神とこんのすけの導きのままに〜第四次接触対戦In本丸 審神者VS刀剣男士〜」が、始まったよー。始める気なんかこれっぽっちもなかったんだけどね!
 ……あー、憂鬱。
 見上げれば赤とんぼの舞う夕焼け空。薄い青と淡い橙のコントラストは美しかったが、悲観的な気分は癒やされなかった。
 小さな狐にせっつかれて外へ出てみたものの、気が重ければ足も重い。何せ急だった。私の心の準備はいささか不十分で、動揺は大きい……というか、流れる事態に追いつけず少々混乱している。
「こんちゃーん、ほんとに行くの? 行ってもいいの?」
「ええ、ええ、もちろん。刀剣男士の了解もしかと得ております」
 口で運んでいた包丁を一旦放してそう言ったかと思えば、こんのすけは再び錆びた刃物の柄を咥えた。そして軽やかに本丸御殿への歩みを進め、こちらを振り返る。私がついて来るのを待っているのだろう。
「うぐう……」
 盛大に顔を顰めたくなる気持ちを抑え、代わりに自分にしか聞こえない呻き声を漏らす。あまり嫌そうにしていると小さな狐に余計な気遣いをさせてしま──。
「主様? ……気が進まないのであれば、お止めになられますか」
 あらら。
「えっ? ううん、大丈夫」
 草地に包丁を置いて身を翻し、私の足元へ駆け寄ってきたこんのすけへガッツポーズを見せてやる。ニカッと笑ってみたが、ちょっとわざとらしかったかもしれない。
 ここで「そうだね、止めようよ。包丁は新しく買うからさ」と言えば良かったのだろうけど、半ば反射的に「大丈夫」なんてうっかり強がってしまった。口から出た言葉は戻せない。後の祭りである。
 御殿の方を見れば、十ほどの付喪神が縁側に出てきていた。……あれは出迎えなんかじゃない。私が屋敷の中に入っちゃうようになったもんだから、見張りの数を増やしたのだろう。
 池の向こうに蠢く付喪神たちの中に、白や水色、ピンクに紫──カラフルな頭がぽつぽつある。誰が誰だか分からないが、何回か目にしたことのある神々だ。ああ、水色の髪の刀剣男士は、手入れをしたあの日、私のふくらはぎにアタックしてきた神様か。彼は他の付喪神より、私に向ける敵意が強い気がする。……何か特別な理由があるのだろうか。
 ぼんやり考えていると、呼び声が聞こえた。こんのすけだ。
「主様、ご無理をなさっているのでは」
 無理をするという程ではないけれど、気乗りはしない。しかし、今になって止めるというのも不自然である。
 できるだけ刀剣男士との接触を避けたいのは、自分の命を守るため。──いや、今は危機感よりも彼らを苦手に思う気持ちの方が強いか。
「だーいじょうぶだって」
 ここまで来たら、嫌だなんだと言ってられない。腹をくくろう。割り切れ割り切れ。こんのすけの交渉であいつらがオッケー出してくれたから手入れ部屋を借りるだけだ。式神に包丁直してもらってはいバイバイ。付喪神とは当たらず触らずでいけばいい。
 万が一に攻撃されたら、その時はその時。携帯は作務衣のポケットに入れてあるし、斉藤さんに緊急連絡入れて政府に駆け込もう。……そうなったら、異動、かな。
 ま、なんとかなるか。どうせ、物事はなるようにしかならないんだから。
「ほら、行こうこんちゃん。危なくなったら助けてね」
 胸中で逃げの算段をしつつ腰をかがめ、赤い文様のある額を撫でる。うむ、今日も素晴らしい手触り。
「お任せあれ」
 小さな狐は柔らかく目を細めると、可愛い頭を私の手に押し付けた。

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