雪解け - なんとはなしに

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 結界よーし、心のバリアよーし、携帯よーし。
 こんのすけの後ろを歩きながらメンタルを武装していく。傷付かないように備えるのは大事なことだ。ただ、構え過ぎてピリピリした自分をあいつらに見せたくなかったので、表面上は可能な限り普段通りを決め込んだ。
 もし、また大勢に邪険な扱いをされたとしても、私はもうあの日のように取り乱したり忍び泣きしたりはしないだろう。あいつらの塩対応がどんな感じか分かってるから、今度はちゃんと受け流せる。「あー、またか」って、溜息一つで終わらせられる。……たぶん、ね。
 それでもやっぱり、あんな風に睨まれたり無言の圧力をかけられたりするのは嫌だなあ。私は何にも悪い事してないのに。
 心を強く、そして平常心で、と矛盾した気合を入れてみたが、縁側の一角に数人の付喪神が集まっている光景を見て体が硬直しそうになった。
 む、群れている……!
 心の中で狼狽えていると、こんのすけがちらりと目配せをしてきた。むむ、これは……このままついて来い、ということか? や、やめてこんちゃん!
 うわあもしかしてあそこから入るの? 他の空いてそうな所から縁側に上がればいいんじゃないの? それはだめなの?
 私の魂の叫びも虚しく、小さな狐は軽やかに付喪神の一群へ突っ込んでいく。やだやっぱりそこから上がるのね。何もそんな、刀剣男士がうじゃうじゃ居る場所を選ばなくってもいいじゃんか。それとも見張りの都合でそうなってんの? そこから上がるって約束でもしてたの?
「どうも。お邪魔しまーす」
 内心恐る恐るだったけど、できるだけ平静を装いながら靴を脱いで縁側に上がる。一応奴らにお辞儀はしてみたが、反応はなし。
 はいはい分かってますよ、人間お嫌いなんですよね。挨拶なんかされたくもないですよね。私だってしたくないわい!
 ケッ。心の底で毒を吐いているうちに、不安や恐れが失せてゆく。代わりに出てきた怒りとかイライラだとかが心をコーティングしていって、「来るなら来やがれ!」なんて勇み立ってしまった。喧嘩なんぞする気もなければ(あいつらの出方にもよるけど)、感情的にならないつもりではいるけど……うーん、自制自制。
 錆びた包丁を咥えた小さな狐と、眼帯で片目を隠した付喪神に先導されて板張りの廊下を進む。後ろからは何人かの刀剣男士がついて来ていて、さながらプチ大名行列だった。
 したーにー、したーにー。いつか見た時代劇のワンシーンをふと思い出し、そういえばあの時の悪役は上手い芝居をしていたなあ、なんて名前だっけなあと、どうでもよいことが気になった。水戸黄門とか暴れん坊将軍とか、三匹が斬る! とか、時代劇はけっこう好きだ。刃の閃く殺陣も好き。
「……着いたよ」
 人生楽ありゃ苦もあるさ、と頭に音楽を流していた私に、前を先行していた神様の声がかかる。気付けば目的地に到着していたようで、辺りを見渡せば、覚えのあるような物がいくつか確認できた。
 大きく破れた障子、柱の切り傷、盛り塩──なんだか懐かしい。ここへ来るのは三度目だったか。結界の媒体にと設置していた塩は整然と三角錐を保っており、ちょっと驚いた。
 へえ、壊したりどけたりしなかったんだ。まあ、これ取っちゃったら穢れが出るもんねえ。それをきちんと理解したうえで、人間嫌いの神様たちは盛り塩をそっとしておいてくれたのかな。そうならいいんだけど。
「案内ご苦労、燭台切光忠」
 眼帯をした付喪神を労うこんのすけへ、「ああ、うん」とどこか歯切れの悪い応答がなされる。先頭を歩き、私とこんのすけを手入れ部屋まで連れて行ってくれたその神様は、ゆっくりとこちらを振り向いた。
 オレンジがかった金の瞳と視線が交わる。蝋燭の火を照り返したような色合いだなあ、と人知れず思い、片方の目も同じ色なのか、なぜ眼帯をしているのか気になった。
 彼は私をじっと見ている。早くしろよとでも言いたいのだろうか。いやそれにしてはやけに静かな眼差しだ。揺れる燭火の双眸が何を考えているのかは読めない。友好的ではないにしろ、敵対心でギンギラギンというわけでもなさそうで……。
「どうも」
 小さな狐に倣って礼を述べれば、顕になっている片目が微かに見開かれた。……驚きか、困惑か。表情の変化に潜む感情を探るも、よく分からない。少なくとも、怒ってはいなさそう。
 ボロボロの黒いスーツのような服を着た付喪神。彼の姿形にはなんとなく見覚えがあったが、近くで顔をよく見たのはこれが初めてだ。なかなかに男前で、優れた容貌をしていると思う。
 彼に限らず、刀剣男士は皆、顔の造りが整っていた。苦手意識があるせいか、好ましいだとか、胸がときめくだとかはないけれど。……美形ばかりなのは、神故か。そこはちょっと、うらやましい。
「いや、あ──……」
 目を見張っていた付喪神はやがて私から視線を逸らし、もごもごと口ごもる。男らしい低い声はどこか所在なさ気で、私は直感的に彼から避けられているような──いや、彼が逃げようとしているように思ってしまった。実際どうだか知らないが、今目の前に居るこの神様の態度は、先日の刺々しいアレとは少し違っている。
 ……なんだか、調子狂うなあ。もっと攻撃的に、冷ややかにされるもんだと構えてたのに。
「ふむ。あの時のまま、汚れに汚れておりますな」
 眼帯をした付喪神の挙動を不審に思っている私を、小さな狐の声が現実に引き戻した。おっと、早いとこ包丁を直さねば。
 埃や血痕だらけの畳に包丁を置いたこんのすけは、汚れや破損のある箇所をしげしげと眺めている。こう言っちゃあなんだが、手入れ部屋はどこもかしこもぐちゃぐちゃどろどろで、綺麗な部分はないに等しい。まあ、夏に掃除させてくれなかったからねえ。汚いままなのは当たり前だ。穢れの浄化にと盛り塩で結界を施しているけど、根本的な問題解決にはならないだろう。
「んー、そうだね。ここは掃除してないし」
 腐ったような、錆びのような臭いに胃がむかむかする。ただ、この悪臭は少しマシになっているようだった。二週間前の手入れの時のように、鼻がひんもげそう、とまではいかなかったから。障子襖が開け放たれているので、風通しが良くなったせいなのかもしれない。換気は大切である。神様もさすがに臭いと思ったのだろうか。
 ぐるりと屋内を眺め回す。あっちもそっちも、見るに堪えない惨状だ。
 部屋の隅に近いあの辺りの新しそうな血の跡は、先日の手入れの際に水色の髪の男が流したもの? 朧げにしか記憶にないが、位置的にはそうっぽい。おびただしい量の血液が吸い込まれた畳は赤黒く染まっていて、……こんな場面どこかで見たような──あっ、サスペンス劇場だ。いやだ、どこの殺人現場だよ。
 って、そうじゃないそうじゃない。
 ポンと浮かんだくだらない事を、頭の外に追い出す。
「ええと、式神を呼び出せばいいんだっけ」
「はい。……されど、まずは部屋を清めたほうがよろしいかもしれません」
「えっ!?」
 き、清め……え!?
「穢れはなくとも、このような場では式神が落ち着いて作業できないでしょう」
「作業? 落ち着……へー、そうなんだ」
 手入れの実態どころか式神すら見たことないからか、「作業」のイメージがいまいちわかない。むしろ私は、「式神の手入れ」というものは作業うんぬんではなく不思議パワーで行われるものかと思っていた。
 けれど、どうも違うようだ。「式神の手入れは何らかの作業が伴う」。……もしや、魔法や儀式でチョチョイのチョイではなくて、地道に研いで磨き上げるのだろうか。それとも魔法や儀式に必要な作業があるのだろうか。
 この部屋の畳は元の色が分からないくらいに血で汚れ、あちこち破れほつれている。所によってはひどくえぐれていた。式神がどうやって、どんな工程で包丁の手入れをしてくれるのかは分からないが、何か作業をするのならば確かに安定したスペースが必要だろう。
「まあ、ね。ここで落ち着いて作業はできなさそうだけど。でもこんちゃん、今から掃除って、それ」
 小さな狐の言うことは理解出来た。しかし、四時を回ったこの時間からこんな汚い部屋の掃除を始めるとは、いかがなものか。そのうち日が沈んでしまう。
 疑念を露わにした私へ、こんのすけは澄ました顔で首を横に振った。
「いいえ、主様。掃除は不要です。掃除をするにも、いかんせん破損が多すぎます。新しくしてしまうのですよ」
「あたらしく。……ああ、手っ取り早く入れ替えちゃっていいんだね」
「ええ。それと、あなた様のお力を使った改修を。梁や柱は取り替えがききません故」
「ふんふん、分かった」
 要らないものを捨てて、新しいものを入れるだけ。掃除抜きなら楽なもんだ。
 ──でも。
 後ろにちらりと目をやれば、ここを住処としている神様たちが黙ってこちらを注視している。私の動向を窺っているのだろう。
 さて、こいつらから手入れ部屋を掃除する許可が出るかどうか……。嫌って言われたらどうしようもないよなあ。強行突破はできないし、する気もないし……拒否されたら諦めよ。包丁はネットで買って、カボチャはおあずけ。まあいっか、しょうがない。背に腹は代えられん。
 さーて、手入れ部屋をいじっていいか、どうやって聞こう。
「御方々、話は聞きましたでしょう?」
 人間不信の神様たちになんと声を掛けようか思案していた矢先、足元の小さな狐が口を開く。堂々と胸を張って神々を見上げるその姿は、実に凛としていた。元から面識があるせいか、この子の対神様コミュニケーション能力は高い。
「これより、手入れ部屋を片付けさせていただきます。よろしいですね」
 こんのすけは場に居る付喪神一人ひとりに目を配りながら、そう言い放った。問答無用といった言い回しに、この子にしては強引だなあと僅かに驚く。そういえば、この管狐は刀剣男士に対してちょいちょい強気というか、上から目線というか……うーん、旧知の仲だからだろうか。
 小さな狐の言葉を受け、付喪神たちはそれぞれアイコンタクトをとり「おい、どうする」などとひそひそ相談していた。語気を荒げる神様はいなかったが、やはり「人間」の関与が気に入らないのか憮然としているものは多い。返事をくれるまで時間がかかりそうだなーと思っていたのだけれど、意外にそうでもなかった。
「好きにするがいいさ」
 みんなの意見がまとまったのか、静かになった空間に答えが投げられる。先程の声の主、鶯色の頭の刀剣男士は不思議な髪型をしていて、うねりのある長い前髪が右の瞳を覆ってしまっていた。眼帯の神様といい、この神様といい、今日は片目を隠した神様に縁がある日なのかもしれない。
「はあ、どうも」
 一応お礼? を口にする私の側で、小さな狐は満足そうに頷いていた。彼らの出した答えが「当然である」、とでも言うように。

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