02
荒れ果てた庭をこんのすけの先導で進み、着いた先は小ぢんまりとした家屋だった。ここは本丸の「離れ」だそうで、今後私が住むところになるんだと。
本当は池を挟んだ向こう側にある大きな御殿に審神者の部屋があるそうだが、今やそこは半壊し、殺気立った刀剣男士が棲家にしているということで、こんのすけは私の居住区にこの離れを選んだらしい。
縁側から入り込み、屋内チェック。埃や蜘蛛の巣だらけの六畳一間に、簡素ながら風呂と土間(台所)、和式トイレがついている。一人で暮らすには困らない広さと設備だ。いやできれば竈じゃなくて普通のガスコンロ欲しかったけど、欲しかったけど……!
「こちらにも結界を」
へー、ほー、と辺りを見渡す私に、こんのすけの結界催促が入った。一瞬、なんで? と疑問に思ったが、人間嫌いだという付喪神の存在を記憶から掘り起こし、一人納得する。そうかそうか、物騒な輩(刀剣男士)が侵入できないようにしとかないとね。闇討ちされて死ぬなんて絶対嫌だ。
「どうやってやるの?」
「要領は先ほどと同じですが……」
小さな狐はしばし考え込んでいたが、数分ともせぬうちに答えを出した。審神者初心者の私に、何か良い案でもあるのだろうか。
「塩をご用意ください」
「塩?」
塩であれば、リュックに入っている。調味料等も斉藤さんが支給品として本丸に送ってくれる手はずになっていたのだが、うっかりそれを忘れていて、要らないのに持参してしまったのだ。余計な荷物になったと思っていたけれど、役に立ちそうなので無駄ではなかったようである。
「……申し訳ございません。まだ支給品が届いておらぬようで。それでは──」
「ううん、塩あるよ。間違えて持ってきちゃったんだよね」
「そうですか。ではそれを」
「うん」
畳の埃を軽く払い、リュックを置く。塩の詰め込まれた安物プラスチック製の調味料入れを取り出し、こんのすけに見せた。
「これをどうするの?」
「あなたの霊力を込め、四方に盛るのです」
「あー……清めの塩ってやつ?」
いつかの心霊番組で聞いたことあるような気がする。塩ってしょっぱいだけじゃないんだなあ。有能。
「ええ、そのようなものです。まず、その塩に力を送ってください」
「え、う、うん」
できるかな、とやや不安になったが、さっきのように意識を集中させると、すんなり指先から調味料入れに力が流れていった。目には見えないけれど、感覚で分かる。うわあ、不思議。
「どう?」
ドヤ顔でこんのすけに塩を突きつければ、「よろしゅございます」と素っ気ない返事がかえってきた。あー、まあ、いいんだけどね。こんのすけ人間好きじゃないっぽいもんね。いいよいいよ、気にしない。
「では、それを四隅に」
「盛ればいいんだよね」
早速、部屋の角に向かおうとしたが、止められた。塩は屋内に盛るのではないようだ。結界は離れのみならず、建物周辺の区画に大きめに張っといた方がいいとのこと。こんのすけ曰く、離れを出た瞬間に襲われる可能性もあるから、とか。
……うーん、斉藤さんは「斬りかかってくるかもしれない」って言ってたけどさあ。何、私そんなに命狙われるの? なんなの? 死ぬの?
顔面筋をひくひくさせながらこんのすけの提案に賛同し、一旦離れを出る。刀剣男士とやらの襲撃を警戒しつつ、適当な箇所に少量ずつ塩を盛ってゆき、最後の場所にちょんと塩を置いた瞬間、辺りの空気がすうっと軽くなるのを感じた。
「これで離れ一帯の浄化が完了しました。結界も強固なものなので、打ち破られる心配はまずないと」
「あ、今ので浄化もできたんだ? やりい、一石二鳥」
無事、生活空間の確保完了ー。いやあ、良かった良かった。なんか得したみたいで、素直に嬉しい。それに、「浄化」作業も思っていたより簡単で、これくらいならそう苦労せずやってのけることができるんでないかと希望が見えた。
「お気をつけ下さい」
へらへら笑う私の耳に、不意に届いた硬い声。
「え」
こんのすけの視線を辿り、見えたのは。
刀らしきものを握りしめ、こちらをギンと睨みつける、傷だらけの二人の男の子だった。