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「うわーすごい! これが式神? 本当に小人みたい。かわいいなー。あっ、こんにちは、はじめまして」
初めて喚び出し、初めて目にするそれは、人の子よりも小さかった。
愛くるしい見た目と古風な服装が少しアンバランスで、だけどとっても魅力的。若干興奮していた私は、周りにいるあいつらのことを忘れ胸を躍らせてしまった。
腰を屈めて握手を求めると、式神は礼儀正しく深いお辞儀をし、にっこり笑って応じてくれる。小さな手が私の人差し指と中指をきゅっと握り、それがとても可愛くて、触れ合った部分が温かくて……なんだかすごく嬉しくなった。この子は友好的なようだ。
握手が終わって気付いたのだが、式神の赤子のような手は私の結界に弾かれなかった。この子が刀剣男士ではないからだろうか。それとも私がこの子を拒絶していないからだろうか。
これまで何度も結界を張ったり強化したりとしてきたけれど、実際のところ私はこの「結界」の構造や仕組みを詳しく解っていない。
「主様、ご用件を」
可愛らしく、そして愛想の良い式神に見惚れていた私へ、こんのすけがそう促してくる。
「あ、うん」
そうだった。包丁を直してもらうんだった。
慌てて部屋の隅に置いておいた包丁を取りに行き、式神へ差し出す。こんな錆び付いたなまくら包丁、この子はどうやって手入れをするのだろう。家具一つとないがらんどうの室内には、作業できるスペースがたくさんあるが──。
「ええと……これ。この包丁ね、刃が欠けたりはしてないんだけど相当錆びてて……なんとかできない?」
式神は私から包丁を受け取って、しげしげとそれを眺め始めた。重みに耐えかねたもみじの手が包丁を落としてしまわないかひやっとしたが、どうやらそれは杞憂だったようだ。コロボックルの如きこの式神は、小さな体に似合わずずいぶんと力持ちらしい。ただの小人ではないということか。
政府発行のマニュアルには、「付喪神の本体となる刀剣は式神が作り出す」というような事が書いてあったし、やはりこの子は特別な力を持っているのだろう。見た目に反して豪腕なのも、彼? が世の理から逸れている存在だからなのかもしれない。
「どう、使えるようになりそう?」
赤錆びた包丁を吟味している式神へ声をかけると、その子は明朗ににっこりと笑い、一つ頷く。
「できるの?」
問えば、式神はまた首を縦に振った。そうして包丁の柄から片手を放し、トントンと自分の胸を叩く。浮かべられている笑みは自信に満ちていて、「まかせろ」と言っているかのようだった。
「すごい。じゃあお願いします」
頭を下げると、小さな式神はこれまたにっこりと笑い、うんうん頷いてくれて。その様子を見ているだけで自然とにやにやしてしまう私は、素直そうで愛らしいこの子をすっかり好きになっていた。
「あとは式神に任せておけばよいでしょう」
「そう? でも、何か手伝えることがあったら言ってね。物を取ったり運んだりくらいなら私にもできると思うよ、たぶん」
手伝えることなんてないのかもしれないけれど、そう言わずにはいられない。小さなフォルムと愛くるしさにやられてしまった私は、なんでもいいから可愛い式神ちゃんの力になりたかったのだ。
式神はつかの間瞠目し、驚いたような素振りを見せる。だが、やがて「心配ご無用」とでも言うように柔らかく微笑み、手入れ部屋の中央へと移動を始めた。
すっ、すっ──小さな足が畳に擦れて鳴る音は本当に微かで、耳を澄ましていないと聞こえないくらい。淑やかに歩みを進めるその慎ましやかな身のこなしに、私は感心した。可愛いだけじゃなく品がある……素敵ではないか。
ミニサイズな後ろ姿を追って部屋の真ん中までくると、式神はどこからともなく砥石と水桶、木製の台を出し、赤錆だらけの包丁を研ぎ始める。
「おー、研ぐんだ」
なんだ、案外普通じゃん。
「錆びておりますからなあ」
暫時、こんのすけと一緒に式神の作業を見つめていたが、立ちっぱなしにも疲れてきた。邪魔にならないよう少し離れた場所に座って、黙々と包丁を研ぐ小人を見つめる。力強く刃を押す赤ちゃんのような手には一切の迷いなどなく、あれは職人の手つきだなあ、と感服した。
「このままこちらで仕上がりを待たれますか」
「ん? うーん……」
こんのすけに尋ねられ、逡巡する。
待ってもいい。待ってもいいが、限度がある。三十分や一時間そこらなら問題ない。しかし、二時間も三時間もかかるのならばちょっと考え物だ。
ここは本丸御殿。あいつらの根城である。いつ何が起きるか分らないので私としては長居したくないし、ずーっと入れ替わり立ち代りで監視をされるっていうのも癇に障る。
時々聞こえる足音や話し声には、存在感があった。彼らに背を向けている私には見えないが、きっと今も、定期的な見張りの交代を続けているのだろう。
……あー、ここにはあいつらがいっぱい居て、そんでもって見張られてるんだって考えたら気分が悪くなってきた。せっかく式神ちゃんにほっこりしてたのに。
「……どのくらいかかるんだろ」
「問うてみましょう」
私の隣にお座りをしていたこんのすけは跳ねるように室内の中央へ行き、式神へ一言二言話しかける。式神は口を開かず、頷いたり首を横に振ったり、身振り手振りで返事をしていた。……あの子、もしかして喋れないのだろうか。喚び出してからこれまで、式神の声を一度も聞いていない気がする。
「主様。一時間程度、といったところのようです」
話を済ませこちらへ戻ってたこんのすけが教えてくれ、長く掛からなくてよかった、と一人安堵する。今が五時だから、六時頃には包丁研ぎも終わるだろう。畳や襖の入れ替えで時間を食ったけれど、七時半までには夕飯にありつけそうだ。
包丁が磨き上げられるまで一時間か。そのくらいであればここで待とう。小さな狐と談話したり、式神を見守ったりしてのんびりするのもいいだろう。
「へえ、それじゃここで待……」
言いかけて、口をつぐむ。
そうだ。ここは本丸御殿、数多の付喪神の領域。一時間ここで待つ事を、人嫌いの彼らは許してくれるだろうか。
いやまあ、だめならだめで離れに引っ込むからいいよ。お裁縫したり、布団干したりするから。こんのすけの服、仮縫いしたいんだよねえ。今週末、実家でミシンがけできるくらいには仕上げとかないと。
「あー……神様たちがいいならだけど」
こわごわ振り向けば、いくつもの視線が絡んでくる。みんな真顔というか仏頂面というか、とにかくにこやかではなかった。
独り言のような尋ねごとのような私の声を聞いて、隣にちょこんとお座りをしているこんのすけが「ふむ」と一つ音を漏らす。そして、隣の部屋にいるあいつらの方へ向き直り、物怖じせず口を開いた。
「御方々。我が主のお言葉、耳に届いておりますでしょう? もちろん承知していただけますね」
手入れ部屋の片付けを決めた時と同様に、小さな狐のはっきりとした口調にはどこか有無を言わせぬ雰囲気が漂っていて、なんだかはらはらしてしまう。押し強いよこんちゃん。
昔からの付き合いがあるからなのかもしれないけど、お願いだからあんまり煽ったり刺激したりはしないでください。こんのすけが大丈夫でも私がとばっちりを食うかもしれないんだから。波風は立てないのが一番。
神様方は揃ってだんまりを決め込んでおり、表情を変えないものもいれば、気難しげに眉間に皺をよせるものもいた。長引く沈黙にどう対応しようか迷っていると、傍で白と黄色のしっぽが緩慢に揺れる。
「否、という声があがりませんな。こちらで待機してもよろしいようです」
「えっ」
つぶらな瞳をゆっくりと瞬かせた管狐。この子は無言を肯定ととったようだが……果たしてそれでいいのだろうか。
お澄まし顔で放たれたこんのすけの台詞にぎょっとし、神々を見回す。むすっとしているような、不承不承というような……どいつもいい顔はしていなかったけれど、異議を唱えるものはいない。
これは、……ど、どうなんだ。いいの? けど、渋々許してもらっても全然嬉しくないなあ。別に私、どうしてもここで待ちたいわけじゃないし。嫌なら嫌って言って欲しいな。
「主様、遠慮なさらず。どうぞおくつろぎください」
「え、ええ? でも、誰も良いって言ってないのに」
「ですが、『嫌』とも言ってはおりませぬ。そうでしょう、御方々」
やや高めのトーンで出された声は、なんだか高圧的だ。小さな狐が左から右へじっとりと視線を這わせるも、やはり返事はない。みんな真顔だったり、険しい顔だったりで、じっと黙っている。
「ほうら、異存はないようです」
やだ何その言い方! やばい今のこんちゃん超不遜。
「こ、こんちゃんちょっと、あんまり強制はよくな」
「よいのです。あの方たちにも口が付いております故、心から嫌であれば嫌と言いましょう。さあさあ主様、式神についてお話致しますよ」
「えええー?」
「さて、政府の式神たるこのものは──……」
腑に落ちない私の前に躍り出て、ペラペラと式神の説明を始めるこんのすけ。少々(けっこう?)強引な気もするが、つっこみきれずにそのまま話を聞くことになってしまった。
結局、手入れが終わるまで御殿で待たせてもらうような状況になってしまい、神様たちはどこか納得がいかないといった面持ちをしつつも、私を追い返すような言動はせず静かに監視を続けている。
本当は嫌だったかもしれない(というか嫌なんだろうけど)のに、どうやら私も刀剣男士も、この小さな狐に押し切られてしまったようだ。
……こんのすけ、恐るべし。