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「亀ちゃん可愛いねー。いい子だねー」
先程のドン引き事件を心の端に追いやり(こんのすけはほっぺた引き伸ばしの刑に処した)、膝の上でまったりしている亀吉を存分に愛でる。初めは付喪神どもに遠慮して控えめにしていたけれど、特に誰も何も言ってこないし、怒り狂ったりもしなかったので段々スキンシップが大胆になってしまった。
頭を撫で、顎をくすぐり、尻尾を指で梳き──ついつい構ってしまって嫌がられていないか心配になったが、小さな亀は目をつむってじっとしており、逃げ出すような様子はない。むしろ、顎を伸ばして触りやすいようにしてくれたり、指の腹に頭を押し付けてきたりと、私の動きに合わせてちょっとした反応を返してくれていた。亀吉がこのふれあいを少しでも気持ちよいと感じているのならば、嬉しい。
私はもともと動物全般好きなので、亀吉もこんのすけと同様に可愛がって甘やかしたくなる。子供の頃から犬やハムスターを飼っていたからだろうか。おいしいご飯をあげたり、体を洗ってあげたり、素敵な寝床を作ってあげたり……甲斐甲斐しくお世話したい。そして仲良くなりたい。
……実は、ある刀剣男士にくっついている狐(「お供の狐」だっけか)や、虎の子(なんと五匹もいるらしい)も気になっていたりする。短刀の付喪神と行動を共にしているという虎の子はまだ見たことない(というか、短刀? の刀剣男士自体姿を見ない)。でも、可愛いんだろうなあ。
亀吉みたいに、付喪神抜きで交流できたらいいのに。いや、お供の狐や虎の子が私のことを嫌っているなら諦めるしかないんだけど……うーん、でも、気になる。こんのすけとダブルでだっことかしてみたいなー。毛皮の触り比べとかしてみたいなー。あー、可愛いって罪だよね。
こんのすけと亀吉と式神、そしてお供の狐と五匹の虎の子。みんなでのんびりひなたぼっこができたら──うわあすっごく癒やされそう。幸せ過ぎる。
幸福な妄想に浸り、右手でこんのすけのおでこを、左手で亀吉のボコボコした甲羅を撫でながらなんとなく上を向く。すると、目を引くものが天井の一角にあった。
「うわ。なにあれ」
思わず声が出る。そこにあったものは、私の心の華やぎを一瞬で消し去った。
「どうなさいましたか」
「ほら、あそこの模様。人の顔に見えない? 不気味ー」
尋ねてきたこんのすけのおでこから手を離し、ソレを指さして私が見つけたものを教える。
天井の木目に三つの模様があって、それぞれ目、目、口と、人の顔に見えた。それも苦しみに叫ぶような恐ろしい表情だ。木目板独特の模様がたまたまそう見えるだけなのだろうけど、いかんせん気味が悪い。夕暮れ時で辺りが薄暗いのも不気味さを助長させている。何せ本丸御殿には明かりがない。
「なるほど」
私の教えた人の顔が分かったようで、こんのすけは天井を仰いでおもむろに頷いた。
「夜になったらあの口がぐわーって動いて、叫び声とか聞こえてきそう」
特別オカルトチックなものを信じているわけじゃないけど、神様がいるのなら幽霊がいてもおかしくはないような。うわーそれはそれでいやだな。怨霊とか悪霊とかは遠慮したい。
「亀ちゃん、見える? あれ人の顔みたいだよね、怖いねー?」
小さい亀吉にも見えるよう、甲羅を両手で持ち上げ例の模様へ顔を向けてやる。が、亀吉はふわあと大きなあくびを一つするだけ。あからさまに興味なさ気だ。
「亀吉はあれを見るよりも主様の膝で寛ぐ方が良いようですね」
「えーっ、そうなの?」
亀吉の顔を覗き込みつつ小さな体を膝の上に戻せば、彼はゆっくりと瞼を閉じた。私としては一緒にあの模様を見て、気味の悪さを共有したかったのに。残念だ。
「……なんか、見られてる気がする」
あの模様を見つけてしまってからというもの、私の目線は怪奇な顔に縫い取られている。一度怖いと認識してしまったからか、何度見ても不気味に思えてしょうがない。
「ふむ」
不意に呟きが聞こえ、そちらに目をやると、右隣にいるこんのすけが首をかしげていた。
「主様。確かにあれは苦痛に喘ぐ人の様相に見えますが、私には薩摩芋のようにも思えます」
「さつまいもお?」
予想もしない言葉に驚き、調子の狂った声をあげてしまう。一瞬、自分の耳を疑った。あれのどこがさつまいもなのか、まったくもって不可解だ。
「はい。全体を見るのではなく、一つ一つをご覧下さい。形がよく似ておりませんか」
「ええーっ」
うっそでしょ!?
にわかには信じがたかったが、こんのすけに言われたように模様の一つを凝視してみる。木目の天井にぼんやり見える三つの模様はどれも綺麗な楕円をしておらず、最初と最後がきゅっとすぼんでいて、線もまっすぐではなく少し凸凹していた。
どう見ても人が苦悶に呻いているようにしか見えない。けれど奇妙な事に、頭の中にさつまいもを思い浮かべてずっと眺めていると……ほお、これは。
やや歪でラグビーボールのようなフォルムが段々イモに見えてくる。あ、口の部分なんかこの前食べた焼き芋の形とそっくりだ。こんのすけが大活躍した先月の芋掘り大会、楽しかったなあ。二人で泥だらけになって、蔓を引っ張りすぎて尻もちついちゃったりして──あの時はいっぱい笑った。
「あー……」
いも。さつまいもか……甘煮、大学芋、サラダ……カレーに入れたり、生地に練りこんで焼き菓子にしてもおいしいよなー。だいぶ前にやった焼き芋もすっごく良かった。ああ、カボチャだけじゃなくてさつまいもも食べたくなってきたわ。
「いかがです? まだ恐ろしい人面に見えますか?」
「うーん、なんかもうさつまいもにしか見えない。怖くはなくなったけど、お腹すいたなあ」
そうだ、もうすぐ夕飯時。急にわいた空腹感に耐え兼ね、片手でお腹をさすると、こんのすけが柔らかく笑った。
「ようございました。あの模様に限らず、物事というものは見方一つでずいぶん所感が変わるものですよ」
見方一つで──ほー、なかなかに深いことを。こんのすけは本当に聡いし、達観している。私ももっと年をとって、いろんな経験をすれば少しは成長できるのかなー。
「……──え、……?」
小さな狐にただただ感心し、一皮も二皮もむけた未来の自分を思い描いていると、こんのすけの声がした。ただ、何を言ったのかまでは聞き取れなかった。
「え、こんちゃんなんか言った?」
話しかけられたもんだと思って聞けば、こんのすけはやおら首を横に振る。
「いえ、何も。お気になさらず」
「ん? ん?」
……おかしいな。「──ですか?」みたいな、疑問形の声が聞こえた気がしたんだけど……。
小首を傾げてみるも、小さな狐はただただ微笑むばかりで、彼が何か言ったのか言ってないのか結局はっきりとはしなかった。もしかすると、私ではなく付喪神に呼び掛けをしていたのだろうか。
「主様、明日は薩摩芋で何か一品こしらえてみては?」
「あ、いいねえ。なんにしよう」
「図々しくも申し上げますが、私はそぼろ煮が好きでございます」
「そぼろ煮! おいしいよね、そうしよう。明日のおかず一つ決まりー」
こんのすけの素敵な提案に胸が弾む。さっきのあれはちょっと気になるけど、まあ、いいか。そぼろ煮は良いものだ。
お腹が空いていたせいもあって、それからは食べ物の話に花を咲かせた。まだ今日の夕ご飯も済んでいないというのに、明日食べたい物、明後日食べたい物と、思いつくままに挙げていく。食欲の秋にガッツリ影響を受けている私であった。