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こちら本丸御殿、手入れ部屋前の廊下。周りには二十そこそこの刀剣男士が居て、みんな具合が悪いのかと疑ってしまうくらいにしんとしている。「何も?」ループは回避できたようだが、妙な空気が流れているのは何故だ。
物音一つしない静けさが、私にじわじわと歯痒さを与えていく。
間、間が持たない……!
時間にして数分程度なのだろう。しかし、ひどく長く感じる。耳鳴りがしそうなほどの静寂に責め立てられ、なんだか息苦しい。
こうも音がないと逆にムズムズするというか……うーん……何か言った方がいいのかなー?
「あー……んー、何かして欲しいっていうのはやっぱりないなあ」
沈黙に耐えきれなくなり、私は口を開いた。早く話を終わらせて離れに帰りたかった、というのもある。付喪神たちを納得させられる何かを絞り出し、穏便に去ることができればよいのだが。
どうも彼らは「望みが何もない」という私の返事に思う所があるようなので、話を終わらせるためにはそこをなんとかしないとねえ。
……ここは一つ、なんでもいいから要望っぽいものを言ってみるか。論点のすり替えとまではいかないけど、ちょっとしたことを。
「ないんだけど、こうあって欲しい、っていうのはあるかも。せっかく傷が治って動けるようになったのに、私の見張りだけしてここに引きこもってちゃ──や、監視が悪いっていうわけじゃないんだけどね? もったいないんじゃないかなーって思って」
この前置きの後に、「好きなことをして思い思いに暮らしてくれ」と。そう言おうと──それを「望み」として伝えようと考えていた。
一度台詞を切って、神々の様子を窺う。ノーリアクションも困るが、人間風情が何を、と目くじら立てられたら怖──。
「もったいない?」
おっと、遠くから反応あり。
薄暗い廊下の奥に、落ち着きのある低い声が響いた。誰だろう。あちらはここよりも闇が濃く、食い入るように見つめてもぼんやりとしたシルエットしか分からない。
「おや、大典太光世ではないですか。虫干しに蔵から出てきたのですね」
「……御殿に蔵はない」
足元の小さな狐が、珍しいものを見た、というように耳と尻尾をピンと立てる。
「ああ、そうでした。では押入れから?」
「……そんなわけないだろう。ふざけるのはやめろ」
「これは失礼」
謝りながらもクスリと笑うこんのすけ。
なんだなんだ、こんちゃんてばまた神様をからかってるのか。もー、しょうがない子だなあ。
冷やかしがエスカレートするようならば止めよう。そう考えて一人と一匹を交互に眺めるが、新しく現れた付喪神と小さな狐の会話はそれ以上続かない。
「申し訳ございません、主様。水を差しました」
あれ、終わり?
「ううん、いいよ。もう話さなくていいの?」
「ええ。どうぞお続けください」
え? うーん、続けろって……なんの話してたっけ。あ、そうそう、もったいないのくだりだ。
気を取り直して廊下の奥に顔を向け、人影に答えを返す。
「えーっと、私はよく知らないんだけど、ここの神様って前の審神者のせいで大変だったんでしょ? やっと自由になれたんだから、人生──じゃなかった、神生? 満喫しないともったいないんじゃない?」
毎日毎日監視ばっかりでつまんなくない? ストレスしか溜まらなさそう。とは、さすがに言えなかった。
「もっと好きなことして楽しく過ごして欲しい。これが私の『望み』かな。あ、押し付けるつもりはないよ」
口にして、「ああ、こんな事を言った覚えがあるなあ」と、独りでに脳が動き出す。あれは──そうだ、黒い髪の子たちと手入れをさせてもらう条件を話し合った時か。警戒心剥き出しのあの三人に、「みんな元気になったらゆっくり休んで、のんびりだらだら好きなことをしなよ」と、そんな感じの言葉を告げた気がする。
好きなことをして楽しく過ごして欲しい。
この発言は紛れもない本音だ。ただ、そうすることで付喪神たちの気が人間(わたし)から逸れればいいなーという腹積もりも少々ある。自由で楽しい日々を送り、彼らの中にある「私」の存在が薄くなればいい。
「好きなこと?」
怪訝そうに問うてきたのは、座敷の右奥に居る金髪の青年。ポンポンのついたヘアゴムでお洒落に髪を縛っている神様だ。両肩に乗るズタボロの毛皮は、どんな獣のものなのだろう。
「うん。読書とか散歩とか……趣味的なやつ? 『好きなこと』って言っても、できれば物騒なのはやめてね。刀を振り回したり、ザシューってしてきたり……私も何にもしないから」
切った張ったの騒ぎさえ避けられれば御の字だ。というか、私の事は放置でいい。仕事以外ではお互い無干渉。それが、今の私と付喪神にとって一番良い距離感なのだ。
「主様」
お、なんだ?
呼び声に下を向けば、小さな狐のくりくりした眼と目が合う。相変わらず上目遣いが可愛いなあ。写真撮りたい。
こんのすけの愛らしさに心ときめかせていると、彼は何度か口をもごもごさせ、「非常に申し上げにくいのですが──」と、つぶらな瞳に陰りを見せた。
「えっ、何?」
言い辛そうにしているこんのすけに、不安を煽られる。問題発生? ここで緊急事態? や、やめて。
やきもきして小さな狐を凝視する私。しばらく神妙に黙っていたこんのすけは、やがてゆっくりと口を開いた。
「こちらには書物がありません故、読書は不可能かと」
「な、なんだってー! 一大事だ!」「そんなことかー! どうでもいい!」二つの異なる思考がドーンと頭に爆ぜる。「重大な事件が起きたのかと思ったのにそれか! いやでも本がないと読書できないじゃん!」と、一拍だけ混乱してしまった。
「──え、あ」
そ、そうだ。すっかり忘れていた。御殿には本棚どころか家具らしい家具が一切ない。つまり、本なんてあるわけがなかった。読み物を勧めても、できないに決まっている。
……しまったなあ。