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シラーッとした空気に表情筋をヒクつかせながらも、私は頑張って付喪神との交流を続行した。
神生をエンジョイしてもらうべく、本や暇潰しになりそうな玩具は必要か訊ね、何か趣味はないのか聞きただし──まあ、実りはなかったんだけどね。娯楽もいらない、趣味もない、どういうこと? いや、「ない」ってきっぱり言われたわけじゃなくて、だんまりだったり言葉を濁したり……とにかく、好感触は得られなかった。
気晴らしと道楽がだめならば、と、生活用品、家具、雑貨──豊かな暮らしの土台に成り得る物を色々勧めてみたが、これもイマイチ。拒否っていうよりは、あいつらが狼狽えてて有耶無耶になった感じ? あと、神様たちの中で「要る」「要らない」の意見が分かれているようだったので、明確な答えが出せなかったというのもありそうだ。
「机とか座布団とかどう? 家具ないと住み辛くない? 灯りもないと夜暗いし」
そう投げかけて返ってきたのは、「いや、その」やら「あー……」やら、曖昧な声ばかり。黒みがかった紺色の髪の刀剣男士だけは「座布団があると尻によいな」と頬を緩めていて、「じゃあ座布団用意しようか?」って確認すると、他の付喪神が警戒の色を見せた。で、結局、座布団提供はナシ。
要る物について、みんなの気持ちが一致したらまた言ってもらうように伝えると、紺色の髪の神様は少し残念そうにしていた。近くの付喪神に慰められる彼を見て、気の毒な事をしたかなあとちょろっとだけ罪悪感がわいたが、私に決定権はないのでどうにもならない。後でこっそり座布団の差し入れをしようかとも考えたけれど、ややこしくなったら嫌なので止めた。
あれも要らない、これも要らない……建設的でない対話のみで終わるかと思いきや、唯一、神様たちが食いついてきたものがある。
──服だ。
十月の総手入れで刀剣男士の傷は全快したけれど、彼らが着ている衣類はボロボロのままだった。血で汚れ、大きく裂け、ボタンは取れ──もはや布切れのようになっている服も見かけたことがある。中には半裸の神様も居て、寒そうだなあと何度か思ったものだ。
破れた袴から覗くおみ足、逞しい胸筋、六つに割れた腹……付喪神たちは良い体をしているが、さらけ出されたその肌に胸を高鳴らせたことはない。実家住まいの頃、弟の露出度の高さに慣れていたせいか、男の肌にはそれなりに耐性があった。しかしまあ、あの肌色の多さは──けしからん。初心な女の子は手で顔を覆って恥ずかしがりそうである。
「前から言おうとしてたんだけど、服は新しいのあった方がいいんじゃない? これからどんどん寒くなるし」
問えば、うーん、と悩み始めた刀剣男士たち。
おっ、これは手ごたえあり? なんて思っていると、こんのすけの口添えが。
「ええ、ええ。冬将軍の足音は近うございます。主様の仰る通り、厳寒に備え早急に召し替えるべきですね。それに、名高き名刀の神がいつまでもそのような姿で居ては、格好がつきませんよ」
小さな狐の言葉にいち早く反応を見せたのは、右眼に仮面のような物を付けた付喪神だ。
「格好がつかない……か。そうだなあ、このままじゃあちょっと見苦しいか」
その呟きを皮切りに、「まあなー」「確かに」という声が次々にあがる。衣服の交換に関しては肯定的なのかな、と静観していると、「危ないんじゃないか」「人の施しは受けたくない」と言い出す神様がいて。
仲間内でなんやかんやと揉めていたけど、最終的に折り合いがついたみたい。座布団の時とは違って服を求める刀剣男士は多かったようだ。
そんなわけで、私は彼らに新しい服を急遽お届けすることになった。今晩、夕飯の前に。
ああ、どんどん晩ご飯の時間が遅れていくー……や、いいんだけどね。あんな血みどろでボロボロの服は早く着替えた方がいい。あいつらだって好き好んであの服を着ているのではないだろう。月見の時にもあれはなんとかした方が良いんじゃないかと思っていた事だし、丁度いい機会である。
──怒りと悔しさで涙したあの日から、付喪神は苦手だ。だが、「ずっと血生臭い服でいればいいさ、ふん」なんて、そんな毒気に染まった気持ちはなかった。
嫌いだからといって、対立しているからといって、悪意に満ちた虐めなどしない。したくない。
私を疎むものとできるだけ関わり合いになりたくなくとも、神々を無体に扱うつもりはなかった。「刀剣男士が好きじゃない」という私情があるにしろ、対処可能な要求には忌避感抜きで応えていくべきである。無論、彼らが困らない暮らしができるよう協力は惜しまない。神様たちの生活における一般水準は知らないが。
「じゃあ、服の準備してまたここに来ようか。えーっと、服は──」
話がまとまったところで、ハッとする。新しい服を用意するとして、どこで確保すればいいんだろう。まさか、自費購入ってワケじゃないよね? あちゃあ、深く考えてなかった。斉藤さんに連絡してみようか。
「刀剣男士の衣装や装具は、支給品として葛籠から調達できましょう」
「あ、そうなの?」
小さな狐に教えてもらい、お金がかからなくてよかった、と密かにホッとする。十二月の旅行代金をそろそろ振り込まなくてはならないので、大きな出費は避けたいものだ。
七十近い数いる神様たちの出で立ちは、洋服和服様々で。ぱっと見た感じどれも結構凝った作りをしていて、おまけに防具? っぽい物もある。あれら全てを新品で揃えるとなると……うっ、金額が恐ろしい。
「じゃあ、葛籠取りに戻ろうか」
「はい。次に離れを出る際は、提灯があった方がよいかと。夜は足元が危のうございます」
「ん、分かった」
歩き始めた小さな狐の後につき、薄闇に包まれた廊下を進む。付喪神に呼び止められることはなかったので、彼らとの会話は一旦終了、ということでよいのだろう。ああ、やっと御殿を出られる。数分後にはまた来ないといけないけれど。
「主様は葛籠をお運びになられます故、手が塞がりましょう? 土間の棚に小さな手下げ提灯があるはずです。あれを私が咥え、地を照らします。……私が人の体であったなら、主様に葛籠を持たせなくて済んだというのに……不甲斐ない」
「え? いいよいいよ、あの葛籠軽いし。多分提灯も持てるよ」
「いいえ。提灯は私が」
「えーっ、いいってば、大丈夫私が持つ。こんちゃんは私が躓かないように足を見張っといて」
私が、いいえ私が、と、さして重要でない押し問答を繰り広げながら歩き続け、いくらもしないうちに縁側に出た。外はまだ少し明るいかと思っていたが、そうでもなく。
「うわ、暗っ」
神様たちとの話で時間を潰したせいか、陽はとっぷりと暮れていた。
「私が先導致します。ゆっくりでよろしいですよ。転んではいけませんから」
「うん。……はあ、暗くなるのも早くなったなー」
運動靴を履き、黒の絵の具で上塗りされたような庭を見渡す。夕飯を食べていないためか、夜になったという実感があまりわいていない。
「もう霜月──十一月ですので。今が夏ならば、まだ日も沈んでいないでしょうね」
「うんうん。ほんと、七月、八月は七時過ぎまで明るかったもんね。あっという間に十一月か……」
三月にここへやって来て、一、二──八ヶ月になるのか。長いような短いような……うーん、どうなんだろ。一年経つまでそう遠くなさそうだなあ。
「……月日は、瞬く間に過ぎてしまいます」
ぽつりと漏れたこんのすけの声にはどこか元気がなくて、夜闇に佇む後ろ姿が急に心配になった。いつもは頼もしい大きな背中が、やけに心許なく見えて……黒い虚空と同化するように、このまま消えてしまうんじゃないかと思ってしまって。
「こんちゃん」
管狐の名を呼ぶと、彼はやおら振り向いた。暗闇のせいで表情は分からないけれど、「はい」と短く返された言葉は、何事もなかったかのように朗らかだった。