雪解け - なんとはなしに

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 一番星の瞬く夜空の下。池の向こうの本丸御殿に到着し、こんのすけが付喪神らと二言三言交わす。神々は現在着用している衣装(靴、装飾品等含む)が二組ずつあればよいらしい。「嘘、部屋着は? ラフな服もないとしんどくない?」と、心密かにぎょっとして横から口を出してみたが、どれも「無用」なんだとさ。
「えー……?」
 ここの付喪神たちは睡眠をとらないので、パジャマがいらないのはまあ分かる。けど、ゴロゴロするための服は……あった方がいいんじゃないかなあ。ずっとゴテゴテした格好でいると体が休まらなさそう。
「主様」
 釈然としない私の足に、縁側からひらりと降りたこんのすけがそっと擦り寄ってくる。
「お気になさらず。働かぬ者に内番服など──動きやすい衣装なんぞ必要ありません」
 チャーミングな顔をしておいて、厳しい口振り。平たく言うと、「怠け者に軽装は不要」ということなのだろう。まったく、神様相手に腹の据わった管狐だ。
 働いても働かなくても、部屋着がないと過ごしにくいのではなかろうか。私だったら絶対要るんだけど。
「や、それでも──」
「えろうすんまへんなあ。自分、働くの好きじゃないんですわ」
 私の台詞に被せられたのは、気怠げな方言。目線を上げれば、側柱に背を預けこちらを見下ろしている付喪神が近くに居た。タレ目に眼鏡のその神様は、腕を組んでニヒルな笑みを浮かべている。
「相も変わらず怠惰ですね、明石国行」
「そないに褒められましてもなあ」
「おやおや、賞賛に聞こえましたか。重傷で永きを過ごす間に、耳が腐り落ちてしまったようで」
「耳ならここに付いてますやろ。見えまへん? そっちこそ、目えが腐り落ちたんと違いますか」
 うっわー! な、なんという険のあるやり取りだ。どちらもうっすら笑っているけど、聞いててすっごくヒヤヒヤする。
「哀れ。お飾りの眼鏡では視力も矯正できないのですね。この眼のどこが腐り落ちていると?」
「はあ……大した力もない癖に、口ばっかりは達者やなあ」
 いやー! ギスギスしそう! 二人(一匹は狐だけど)の微笑みが怖い!
 脳に警鐘が鳴り響く。これ以上こんのすけと眼鏡の神様に会話を続けさせたくない。続けさせてはいけない。
「ちょ、ちょっと、分かった、分かったから。とりあえず他の服はいらなくて、今着てるやつだけあればいいんだよね?」
「……ええ、そうですね」
 剣呑な雰囲気になるのを阻止せんと、刀剣男士と管狐の間に割り込む形で話を終了させる。気を揉む私をよそに、こんのすけはクスクスと笑っていた。
 穏便にいくよー口論はだめだよー。はい、別の話題別の話題! 話を逸らすついでに、気になっていた事を尋ねてみよう。
「下着は? 下着はいいの?」
 ラフな服の供給はなし。では、下着はどうだろう。さすがに下着の替えは二着じゃ足りないよね、と思っての質問だったのだが、周囲の神様にまたもや「不要」だと言われてしまった。どうも余計なお世話だったようだ。
 小さな狐によれば、ここの刀剣男士は人らしい生活をしてこなかったせいか魂と肉体とがうまく馴染んでおらず、目下のところ老廃物があまり出ないんだとか。なんだか新陳代謝が悪そうである。入浴もしてないんだって。御殿の立派な大浴場も、使わなければ宝の持ち腐れだ。もったいない。
 汗や垢で体が汚れないっていうのはちょっと羨ましく思う。でも、がっつり動いて汗だくになった後のお風呂の爽快感は、とても良いものだ。洗ってすべすべになった肌や、湯上がりの脱力感も心地よい。
 ──この神様たちは、「日常のささやかな幸せ」というものを知らないのだろう。
 お腹がぺこぺこの時に食べるおいしいご飯。熱い湯に肩まで浸かる気持ち良さ。へとへとに疲れて潜る布団の安らぎ。一度も目が覚めずに迎えた朝の熟眠感。
 それらを知らないって生き損だよなあ、なんて、惻隠の情に溜息を吐きそうになったけれど、気を改めて縁側に葛籠を置く。神様たちに贈呈する新しい衣服は、縁側に並べていくことになっていた。
 なんで座敷じゃないんだろう。ああ、私を縄張りに入れたくないからか。
 つかの間考え、まあいいか、と葛籠の蓋を開ける。あいつらが私を嫌っているのは今に始まったことじゃない。いちいち心を乱しても精神力の無駄だ。
「じゃあ、出してこうか。ずらーっと並べていったらいいんだよね」
 ……ここに、全ての服を置けるだけの面積があるだろうか。真っ直ぐに伸びる縁側をざっと見てそんな懸念が生じたが、時をおかずに思い直す。
 御殿は大きく、建物の外周に沿う縁側はかなり長い。おそらく、大丈夫なはずだ。
「はい。これが終われば、ようやっと夕飯ですね。離れで南瓜が首を長くして待っております」
 カボチャが首を長くする。その例えが面白くて、好ましくて、笑い声を漏らしてしまった。
「そうだね。早く帰って料理してあげないと」
 まな板の上に乗せたままのあのカボチャは、逃げ出さずに待ってくれているかな。
 美味なおかずへの変身を今か今かと待ちわびているのか、それともピカピカの包丁に一刀両断されたくないと怯えているのか──一人でくだらないことを考え、そこそこ愉快な気分になった。

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