雪解け - なんとはなしに

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 刀剣男士の服、刀剣男士の服──念じながら蔓で編まれた籠に手を入れると、ひやっとした感触が指先に触れた。ややざらりとした布をぐっと掴み、引き上げる。畳まれていない衣服が籠からバサッと姿を現した。まずは一着……どんな服だろう。
 こんのすけが側に置いてくれた提灯のおかげで手元は明るく、自分の持つそれがはっきりと見える。真っ黒ではない、炭を溶かしたような色の……道着? 布地の粗い質感に、「洗いやすそうだなあ」と所帯じみた感想を抱く。
「同田貫正国の衣装ですね」
「ふーん、道着みたい。あ、帯が落ちた」
 縁側の床にはらりと落ちた黒い帯を拾い、まじまじと見つめる。これはもしや、「黒帯」というものではないのか? まさか付喪神の中に柔道やら空手やらの有段者が潜んでいるとでも……ひっ、刀がなくても十分強そう。技なんかきめられたら抵抗できないぞ。
 うーむ、「帯」か……「帯」ねえ……。
 浴衣や着物の帯とは違うそれは、武道と無縁の私にとって馴染みがない物。珍しくてついつい手触りを確かめたり、丹念に観察したりしてしまう。
「……おい、あんまり触んな」
 帯を握っている私への苦言は、少し向こうの軒下から放たれた。見れば、肩に刀を担いだ付喪神がムスッとした顔でこちらを睨んでいる。この道着や帯の持ち主だろうか。……うん、ボロボロだけど、これと似た服を着ている。
「あー、ごめん」
 あちらの神様は、自分が着るものを人間にベタベタ触られて不愉快になったようだ。はいはい、どうもすみません。
 もやっとしつつ謝り、道着の上に帯を置く。さあ、気分切り換えてとっとと終わらせよう。私にとっても刀剣男士にとっても、それが吉。
 仕切り直して葛籠に手を突っ込み、神様の衣装を次々と出してゆく。サラシ、コート、用途不明な布、どこに付けるのか分からない金属板……一つ一つに興味はあったが、また注意されてもいけないのであえて機械的に作業を続けた。
 四次元葛籠の中で、堅く冷たい物が指に当たる。さてこれはなんだろうと思いながら引っ掴み、持ち上げようとして──。
「ん、おっも!」
「主様、大丈夫ですか」
「んんん、大丈夫……っしょっと」
 勢いをつけて体を反らす。両手を使って取り出したのは──。
「兜? うわっ、ぶ」
 ぶきみ。その単語が出切ってしまわぬよう、咄嗟に口を噤む。迂闊だった。この兜を着用する人(神様だけど)がその辺に居るかもしれないのに、「不気味」だなんて言うのは失礼だ。思った事をすぐ声にしてしまうのは、やはり良くない。
 てっぺんから額にかかって大きな亀裂が入っている真紅の兜。顔の部分には面らしきものも付属しており、表情がリアルというかなんというか、まるで生きているよう。今にも動きそうだ。
 いやはや、これは──すごい。色んな意味で。
「面頬付きの頭成兜。明治に催された天覧兜割りの逸話に因んだ、同田貫正国の防具ですな」
 薄気味悪さを覚える一方、深く感心している私に、小さな狐がすらすらと教えてくれる。めんぼう、ずなり、てんらんかぶとわり……知らない言葉がいっぱいだ。
「へー……」
 物々しくも謎めいた魅力のある兜に、ただただ感嘆した。しげしげと眺めたい気持ちを抑え、真紅のそれを道着の隣にそうっと並べる。
 や、やばい。手が……手が……。
「ふーっ、重かった」
 先程兜を手放したというのに、まだ腕に重みが残っている。じんじんする手を適当にブラブラさせれば、こんのすけが牙を見せずにくすっと笑った。提灯の明かりに照らされた獣は、見ていてほっとするくらい温和な顔をしていて。
「それほど重うございましたか?」
「うん。手がちぎれるかと思った」
 目を合わせて互いに微笑み、私とこんのすけの間にゆるやかな空気が流れる。
 が、それはごくごく短い時間の出来事だった。
「ああ? そんなのが重いのか」
 いきなり、横やりが入る。帯にあまり触るな、と忠告してきた付喪神だ。
 顔面に斜めの古傷が走るその神様は、鞘入りの刀でとんとんと肩を叩きながら私の方へ何歩か近付いてきた。思わず後ずさりしそうになったが、そのうち彼の歩みが止まったので後退せずに済んだ。
「へっ、鍛え方が足りねえな」
 唇の片端がニヤッと上がる、不敵な笑み。
 鍛え方が足りないって、そんな事を言われても……。
「え? いや」
 鍛えてないから。
 そう反論しようとしたけれど、この刀剣男士の機嫌を損ねてしまわないかを危ぶみ、返答に詰まってしまった。
「同田貫正国、我が主は女人(にょにん)なのです。あなたや他の刀剣男士とは、体の造りが異なるのですよ。ええ、それこそ、骨格から筋肉量まで」
 小さな狐の助勢に対し、ふん、と鼻で笑った付喪神。
「にしたって、兜一つ片手で持ち上げられないなんざ、軟弱過ぎる」
 ……お、おう。
 特段ダメージのない口撃? への反応に困り、戸惑ってしまう。「兜を片手で持てない、軟弱だ」などと言われても、別に私のプライドが傷つくわけじゃあない。力自慢を謳う力士でもあるまいし。
「んー、うん……筋肉そんなにないしね」
 ひとまず頷いてみると、こんのすけがふさふさの体毛ごと胸を張った。
「主様、自信をお持ちください。あなた様は日々鍬や鋤を振るい、畑仕事を日課になさっているのです。そこいらの婦女子より腕力はありましょう」
 へ、自信? 腕力って……私、落ち込んだりしてないんだけどな。
「えっ、あ、ありがとう?」
 えーっと、今のはフォローでいいんだよね……? 確かにここに来る前よりは筋肉ついたと思う。でも、それ喜んでいいの? 私、一応女なんだよなあ。しかもスポーツマンとかじゃないから、正直腕力があるって褒められても……いやフォローはありがたい、ありがたいよ? でも、嬉しい! って小躍りできるようなもんでもないというか、その……。
「畑仕事なんかじゃ、鍛錬になりやしねえ」
 なんともいえない心持ちで棒立ちしていると、顔に目立つ古傷を持つ神様にそんな言葉を浴びせかけられた。
 や、あの、畑仕事は鍛錬じゃないし、筋トレでやってるんじゃないんですけど……。
 唖然とする私をよそに、踵を返す付喪神。彼は首に巻いた黒い布を靡かせ、私の返事なぞ求めてないと言わんばかりに遠ざかっていった。
 ……な、なんだったんだ。

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