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二十ほどの刀剣男士に見張られる中、ひたすらに衣装を出していく。途中で一つ一つ取り出すのが面倒になり、葛篭をひっくり返したい衝動に駆られたが、そんなことをすれば神様の不興を買ってしまうだろう。「めんどくなってきた」とぼやくのも我慢し、せっせせっせと一着ずつ地道に取り出し続けた。
「これは大倶利伽羅の洋服ですね」
「へー、詰襟? 学生服っぽい」
「そちらは歌仙兼定の。外套の裏に牡丹の花が縫い取られております」
「わ、綺麗。はー、上品なマントだねえ。お、造花もあるんだ」
時々こんのすけが服の特徴や誰が着るのかを教えてくれ、素直な感想をぽろりぽろりと漏らす。上等な織物や、繊細な刺繍……神々が着用する服はどれも高価そうであった。総額おいくらだろう。うん十万? うん百万? ……こんなものをポンと支給できる時の政府、すごい。
出して、置いてを繰り返すうち、長い縁側には足の踏み場が少しずつなくなってきていた。たくさんの服やら防具やらがずらりと並ぶ光景に、あいつらの数の多さを突きつけられる。六十もの人を憎む神様──ああ、恐ろしい。
「ふむ、残りは短刀の衣類、装具ですね。あと僅かですよ、主様」
一時も側を離れず励ましてくれる小さな狐は、縁側に沿って横移動する私に合わせ提灯の位置をずらしてくれている。タイミングもばっちりで、この子は本当に有能だ。助かる。
「はーい」
こんのすけの「あと僅か」という言葉に活力がわいた。心の中で「よーし」と気合を入れ、作業スピードを若干アップさせる。
早く全ての服を渡して離れに帰りたい。刀剣男士のテリトリーに居るだけで精神的に疲れる。いつ奴らに襲われてもおかしくない状況に心が休まらないのだ。身の安全のためにもこちらへは長居しない方がいい。
……それに、今日はカボチャが私を待っている。カボチャコロッケ、カボチャサラダ、カボチャの煮付け──はあ、お腹空いた。今何時? もう七時になってるんじゃない? いつもだったら食後のまったりタイムなのに……。
あー、ご飯食べたい! うん、さっさと終わらそう。
空腹感に焦らされ更に意気込んでいると、傍らの小さな狐が声をかけてきた。
「短刀、というのは、小夜左文字らのことです。覚えておられますか? 青い癖っ毛を一つにくくった、頬に傷のある──」
青い癖っ毛、一つ縛り、頬に傷、と聞いて想起したのは。
「ああ、青い髪のちっちゃい子?」
出して、置いての手を止めることなく相棒と会話を続ける。ちんたらしたり、必要以上に服に触って付喪神に責められたくはなかった。
「ええ」
こくりと首を縦に振るこんのすけ。
青い髪の小さな神様──私が審神者としてここに就任した日から付き合いのあったあの子は、比較的怪我が軽く、手入れ前に動けていた三口のうちの一人だ。
無口で物静かだけれど、鋭い眼差しをしている青い髪の子。最近顔を見ないなあとは思っていたが、いつからだろう。……手入れをした後? うーむ、かれこれ二週間くらいは会ってないのか。
「そういえば、最近見ないね」
思ったことを溢しつつ、今しがた取り出した青い袈裟を畳む。何気ない一言のつもりであったのに、こんのすけは押し黙ってしまった。
……なんだというのだろう。
「こんちゃん?」
手下げ提灯の淡い光に照らされた小さな狐の様子を窺えば、彼は周囲の付喪神一人一人にじっと視線を送っていた。その丸く黒い双眸には、謹厳で重苦しい色が滲んでいる。
尋常でない雰囲気に疑念は膨らみ、「まさかあの子に何かあったのでは」と、嫌な予感が脳裏を過ぎった。
「あの子に何かあったの? 傷が治り切ってなかったとか、病気になっちゃったとか」
こんのすけのただならぬ気配に影響を受け、自然と声のトーンが落ちる。
「……いいえ」
歯切れの悪い返事ののち、小さな狐は再び口を閉ざした。しばし黙りこくっていた彼だったが、やがて決まり悪そうに喋り始める。
「かの刀剣の傷は治癒し、病とは縁なく健やかに在ります。小夜左文字を含む短刀らが姿を現さないのは──」
続きを待つが、小さな狐は伏し目がちに言葉を濁すばかり。言いたくないのか、言えないのか……どちらにせよ、大問題が起きていない限りは無理に聞くつもりはない。気にならないと言えば嘘になるが。まあ、こんのすけの態度を見るに、あまり良くない理由なのだろう。
大方、あの子や他の短刀? を私に会わせたくない大人の(姿がね)神様が亀吉のように隠しているか、あの子自身が私を嫌って出て来ないか、そんなものではなかろうか。どうせ私は「危険な人間」なのだから。
「いいよ、こんちゃん、言わなくても。何かとんでもないことになっちゃってるんじゃなかったら」
「いえ、その──……ええ、大それたことではないのですが……申し訳ございません。私には、上手くお伝えできないようです」
うなだれるように頭を垂れたこんのすけの額を撫でる。
「いいのいいの。ごめんね、悩ませちゃって」
「主様が謝る必要はありません。責は私にあります故」
「もー、いいってば! 気にしないの。とりあえず、あの子は元気なんだよね?」
青い髪の子や短刀たちが姿を見せない事情は知らぬままとなりそうだけど、みんな元気ならそれでいい。
「はい、おそらくは。……そうでしょう、宗三左文字」
小さな狐は顔を上げるなり、縁側に面した部屋に佇む刀剣男士に話しを振る。
薄桃色の髪をした細身の神様はしなっとした下がり眉をしていて、どこか儚げな──幸薄そうな面差しをしていた。破れ肌蹴た着物から覗く左胸には、蝶の羽のような刺青が入っている。
「……生傷ひとつとなく、調子が悪くない状態を『元気』だというのならば、元気なのでしょうね」
なんだそれは。その言い方だと、「身体だけが元気」なように聞こえるではないか。
含みのある返答に首を傾げ、「なにそれ」と追求する。愁いを帯びた光のない瞳がふいっと逸らされた。提灯の火でかろうじて分かる彼の眼は、右が青で左が緑。「オッドアイ」というものを、生まれて初めてナマで見た。
「いえ、気にしないで下さい」
裏がありそうなことを言っておいて気にするなとか、なんなの。
ゆるりと首を左右に振る付喪神への不満は心にしまい、「でも」と声を放つ。
「怪我したとか、体調崩したとか、そういう事はちゃんと教えてよ。私に治せるんだったら治すから」
そう告げると、オッドアイの刀剣男士はゆっくりと一つ瞬きをし、口と瞼の両方を塞いだ。そうして、身じろぎもせず立ち尽くす。もう話す気はないのだろう。
胸の内の引っかかりは消えないが、余計な詮索はしないことにした。生傷がなく調子もよいのならば、あの子の体に異常はないのだろう。
……体に問題がなくとも、もし心に元気がなかったら?
それは──いや、私なんぞが介入したって絶対どうにもならない。病んで病んで自殺を考えている、というのなら何か手立てを講じないといけないが、きっと、あの子の仲間がなんとかしてくれるはず。私の出番はない。
だけど、ちょっと心配になるなあ。
迷路みたいな模様の袈裟を板張りの床に置いて、私はひっそりと深呼吸をした。