雪解け - なんとはなしに

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 呪いがかかっていないことを証明するために、刀剣男士の服を着る。
 これまたとんだ飛び入りイベントだ。やっと離れに戻って料理ができると喜んでたのに……。
 謂れのない呪術疑惑をかけられ幾分むかっ腹だが、苛立ちよりも「早く無害を実証して帰宅しよう」という気持ちの方が強い。さっさと嫌疑を晴らさねば。
 あの付喪神、私が神様の服を着て何もなかったら一言くらい謝ってくれ──なさそうだなあ。……はあ、もういいや。もういいから終わったらすぐに帰らせてくれ。
「ふむ。刀剣男士の衣装を召されますか。では、手頃なものを見繕うてきましょう」
 話の流れを汲んだこんのすけが颯爽と縁側に飛び乗った。証拠立てに使う服を探してくれるようだ。
「ありがと。私も行くよ?」
「いえ、主様はお待ちを」
「えー? いいの?」
「はい。この管狐めにお任せあれ」
 自信に満ちた面構えで頷き、小さな狐は身を翻す。隙間なく置かれた服やら靴やら防具やらの合間を縫うように歩くその姿は、すこぶる軽やかで。人語を操り、人の心を持っていても、身のこなしはやはり獣だ。ああいう動物的なところも格好良くて好き。
 あちらこちらに散らばる刀剣男士たちは、縁側を自由に駆ける小さな狐を邪魔することなくじっとしている。暗くてよく分からないが、きっと私と同じで小さな狐の様子を見ているのだろう。
 端に向けてどんどん遠ざかるシルエットを眺めてしばらく、こんのすけの動きが止まった。
「主様」
 夜の薄闇を蹴散らすが如く声を張った小さな狐。どうやら私が着るに相応な服を見つけたらしい。
 地面に置かれたままになっていた手下げ提灯を拾い、先を照らしながらこんのすけの近くに移動する。歩く度にオレンジ色の淡い光が揺れた。
「主様、こちらの外套をどうぞ」
「ん? どれ? それ?」
 衣類の隙間にせせこましくちょこんとお座りをしている管狐のもとへ辿り着き、僅かな空きスペースへ提灯をそっと置く。蝋燭が倒れでもして、何かに火が移ってしまってはいけない。まして、ここいらは燃えやすい物だらけだ。火の扱いには十分な注意が必要である。
 こんのすけの間近にある布に手を伸ばせば、「そちらで合っておりますよ」とこんのすけが教えてくれた。外套と言っていたからマントか。滑らかながらもしっかりとした生地の感触を手で確かめ、「ふうん」と独りごちる。
「……これ、着てもいいの?」
 大きくスリットが入っているそれをひとしきり見て、小さな狐に念押しで尋ねる。
 神様の服を着る事自体に抵抗はない。しかし、顔に傷のある付喪神は私が衣装に触るのを嫌がっていた。彼の他にも、私に服を触られたくない神様がいるのではないか。このマントの持ち主がそうでないことを祈るが……これを着てすったもんだになったら困る。もういざこざは嫌だ。
 心を迷わせ、白で刻まれた背中の「誠」の字を撫でれば、すぐそこで「ええ、ええ」と調子の良い声があがる。
「良いのです。呪いがかかっているかどうか、皆興味があるようですので」
 小さな狐の返事を聞き、はたと周りを見渡す。二十いるかいないかの神々は、微動だにせずこちらを凝視していた。マントの着用を止めてこないあたり、検分に付き合う気なのだろう。
「分かった」
 ──少々気になるのは、一番近くに居る白銀の髪の神様。彼は軒下で不自然に口を覆い、目元をニヤつかせていて……なんだか怪しい。
 笑いを堪えている? この状況で、なぜ?
 怪訝に思ったけれど、わざわざ問いただす気にはなれなかった。
 ふ、と鼻で微かに息を吐き、マントを広げる。この長さなら普通に羽織っても裾が地に付かない。汚さなくて済みそうだ。
「留め具はそのままに、羽織るだけで結構ですよ」
 憎い人間に自分の衣装を纏われるって苦痛だろうなあ。呪いうんぬんの実証に使うとはいえ、このマントの持ち主は運が悪い。
「はーい」
 クレーム来なきゃいいんだけど。願いつつ、手触りの良いマントを大きく翻して肩に掛ける。鮮やかな空色の布はちょうどよい重みで、肩先からずり落ちることはなかった。
 さあ、着た。着ました。で、呪いは?
「……ん、着たけど」
 だるさ、吐き気、めまい、咳、痛み──そんなのは全くなく、これといって何も起こらない。
「主様、お体に変わりは?」
「ないよー」
 こんのすけや付喪神によく見えるよう、その場でくるりと回ってみる。背に垂れたマントがひらりと舞った。
 ほらみろ。なーんにもない。呪術サッパリな私が、こいつらの服に呪いなんぞかけられるはずがないのだ。政府だって、味方につけたい相手に呪いをかけるとか、そんなトンチンカンな事はしないに決まってる。
「どうです、御方々。悪しき力なぞ微塵も感知しないでしょう? そもそも、なんらかの術が仕込まれていたのなら、主様が葛籠から取り出す時点で何かしら起こっているはずなのです」
 あ、確かに。
 もっともな言葉に胸の内で肯定していると、こんのすけの後ろの障子襖がスーッと開く。
「ふん、人間には効かない呪いなんじゃねえのか」
 現れたのは、私が刀剣男士の服を着ることになった元凶──いや、原因の付喪神。長い黒髪を揺らす彼は、居丈高にものを言い、ツンとした表情でふんぞり返っていた。
 ふむ、この神様、どうも成り行きを確認すべく移動してきたようだ。衣類じゃ防具じゃで埋め尽くされた縁側は歩けないので、御殿内部から回り込んで来たのだろう。
「……あれ? あの外套」
「ああ?」
 背後からひょこりと顔を出した短髪の付喪神が言うなり、ムスッとしている彼の瞳がやにわに見開かれた。刮目されたその双眸は、一直線に私の肩にかかるマントへ向けられている。
 表情の移り変わりを訝しむ前に、彼の口がわなわなと震えた。……なんだか、嫌な予感がする。
「っておい、それ、お、俺のじゃねえか!」
 ……は?
「え?」
 ……どうしよう。ショックで冷や汗が出てきた。

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