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「なんっで俺のを着てるんだよ!」
眦を吊り上げる長髪の付喪神。
「え、あ──……」
茫然自失の私。
「衣装を着ろと申したのはあなたではないですか、和泉守兼定。主様、捨て置いて結構ですよ。よくお似合いにございます」
柔和に微笑む管狐。
「ぶっ、くく……!」
破れた袖で口元を覆ったまま吹き出す、白銀の髪の付喪神。
「それがこいつに似合うわけねえだろ! その外套はなあ、かっこ良くて強ーい俺専用の……!」
「ちょっと、兼さん?」
物静かだった場の空気が乱れ、辺りの神様たちがざわつき始める。
「うーん、こんのすけに見事に嵌められたねえ」
「『嵌めた』などと、外聞の悪い事を口にしないでください、にっかり青江」
「そうは言ったって、事実だろう?」
「いいえ、滅相もない。単に着やすそうなものを選んだまでです」
「ふふっ……どうだろうねえ」
「おい、あの人間、固まってないか?」
「……本当だ。びっくりし過ぎたのかな」
「あーあー、和泉守の奴、ゆでダコみたいになってらあ」
ガヤガヤ、ヒソヒソ、遠巻きに声が聞こえる。まるで別世界の出来事を──……はっ。いかん、あまりの衝撃で魂が抜けてた。
我に返った私のフリーズが解ける。視界がクリアになり、耳に入る音も明瞭となった。なんだか付喪神どもが好き勝手に言ってるみたいだけど、そんなことよりマントだマント。
「ご、ごめん! あんたのだって知らなくて」
羽織っていたマントを急いで脱ぎ、せこせこと畳む。急ぎながらもできるだけ丁寧に。
よりにもよって、私に一段と負の感情を向けてる奴の衣類を身に着けていたなんて!
恐る恐る黒い長髪の付喪神の顔色を窺えば、彼は怒り肩になって頬を真っ赤にしている。これは、……あの、大変お怒りのようで。
ドギマギしている私とは対照的に、周りの刀剣男士の大半は面白がるような様子だった。
「カッカッカ! 愉快、愉快。こうなるか」
「……笑い過ぎだ、兄弟」
「いやあ、傑作だな……和泉守には悪いが、……ああ、腹が痛い」
「こんのすけを止めようかと思ったんだけど、鶴丸さんがすごく面白そうにしてたから……ごめんね、和泉守さん」
周囲の声を四つ、五つ拾い、うっすらと状況が見えてきた。どうやら数名の刀剣男士は、こんのすけの選んだマントがあの付喪神の物だって事を知っていて黙っていたのだ。
私もこの神様も、こんのすけと一部の刀剣男士に一杯食わされていたのか? ぐぬぬ……。
「……こんちゃん」
己の喉から唸るような低い声が絞り出た。
「はい」
叱る態勢になった私に怯まず、小さな狐はどこまでも朗らかで。
「なんであの──っ、」
畳んだマントを適当な箇所に置き、縁側に座るこんのすけにずいっと詰め寄る。今にも鼻と鼻がくっつきそうだ。
「……私が言いたいこと、分かる?」
黒い瞳を真っ直ぐに見据え、遠回しな質問をする。当人(神様)の手前、「なぜあのマントを選んだの」と直接口にするのは憚られた。私が彼を嫌っている、とでも思われるのは避けたい。揉め事の種を増やすのは嫌だ。
「おおよその見当はつきます。されど、あれが一番着やすそうでした故……」
「それにしたって──……っ! んんんんんんん」
こんのすけの言い分を聞いても収まりがつかず、白い腹に手を突っ込み、わしゃわしゃと毛を乱す。
「あれ、ご無体な。私の毛並みが……」
「毛並みが、じゃない! ったく、もう!」
なすがままにされているこんのすけをもみくちゃにして寸刻、少しだけ思い直した。私が勝手に「仕組まれた」と思い込んでるだけで、この子は悪意も他意もなく、ただただ着やすそうだからあのマントを選んだのかも──。
そう再考し、管狐のつぶらな瞳を覗き込む。
「ほんとのほんとに、着やすそうなだけでアレ選んだの?」
こんのすけは視線をそよそよ泳がせた後、困ったようにはにかんだ。
「いえ、その……遊び心が全くなかったとは……」
はい、有罪。
心の中で開かれた裁判で判決が出るや否や、白い毛に包まれた頬の皮をびろんびろーんと軽く引っ張る。柔らかなそれはよく伸びたが、もちろん、力加減はしてあった。……包丁が研がれていた時よりも強めではあるが。
「あるじはま、あうじひゃま、ほおがのびてひまいまふ」
抗議の声をあげながらも、管狐の目は笑っていて。この子、元から茶目っ気はあると思っていたけど、こんなにいたずらっ子だったっけ? あー、うりうり、罰じゃ、罰。
「むう」だの「ふぐう」だの呻いている小さな狐にお構いなく、柔らかほっぺを上下左右に伸ばしていると。
……ん? なんだ? 何やら背後に視線を感じ──あっ、またあの神様だ。
振り向けば、眼鏡の付喪神が後ろにいた。ボタンの千切れたシャツから見える首元には、赤紫の縄が巻かれている。いつの間に回り込んだのだろう。レンズの奥に光る双眸は、ねっとりとした目つきをしていた。
「……いいね、愛のある痛み」
藪から棒に聞こえた言葉に、頭が追いつかない。
「はあ?」
どう反応すればいいのか分からず、怪訝な眼差しを向けていると。
「ああ、なんでもないよ。どうぞ続けて?」
どこか色気を孕む悩ましげな笑顔を送られ、反射的に眉が顰まる。なんだというのだ。この神様が何を考えているのかさっぱり分からない。思いがけない事だったので、驚くあまりにこんのすけの頬から手を離してしまった。
「やれやれ、頬が伸び切ってしまうかと思いました」
私の魔手から解放されたこんのすけが、一息ついたのちに口を開く。
「何はともあれ、御方々の衣類に呪いがかかっていない事が証明されました。どの衣装からも霊力や呪力を感じないでしょう? それが全てです。やさぐれるのも程々に。和泉守兼定、よろしいですね?」
「けっ」
小さな狐の確認に、ぷいっとそっぽを向く長髪の付喪神。なんだか子供っぽい。
あ、そういえば。あの神様、人(わたし)が羽織った物をそのまま着てくれるのかな? 人間嫌いだから新しいのに取り替えた方がいい? 聞いてみようか。いや、でもせっかく事態が収束してきているのに火に油を注ぐようなことは──。
「ところで、和泉守。人が身に着けた衣装をそのまま着るのか?」
黙っておこうと決めた矢先にいらん口をきいたのは、未だにニヤニヤ笑っている白銀の髪の付喪神。
げっ、あんの野郎!
唇の端がピキッと引き攣りそうになるのを我慢する。長髪の神様はぐっ、と唇を噛み締め、「そ、そんなの……きっ、着ねえ!」と言い切った。あーあ、呪いがかかってないって実証できたはずなのに、これだよ。
「えーっと……新しいのと交換しようか?」
「ああ? い、いるか、そんなもん」
はあ、やっぱりそうくるよなあ。本当に要らないのか、強がってるのか、神経反射で反抗してるのか……どれだ。
「ほんとに?」
「い、いらねえ!」
あーはいはいごめん。気が変わらないかと思ってもう一回聞いてみたけど、それがファイナルアンサーなんだね。あんただけ破れたマントのままでいるんだね。
さて、要らないのはマントだけ? それとも衣装一式?
「んー、わかった。じゃあこれは要らないとして、他のはどうする? 着ない?」
「あっ、当たり前だ」
「兼さん、やせ我慢しないの」
ここで短髪の付喪神が膨れっ面をしている神様の腕を引く。あの子はまるで緩衝材だ。「いらない」と息巻く刀剣男士の眉間の皺を、僅かながら薄れさせた。
「俺はやせ我慢なんか」
「兼さん」
大人になりきっていない高めの声に諌められ、長髪の付喪神が口籠る。短髪の彼は黒い長髪の刀剣男士のストッパー役か何かなのかもしれない。
「……ぐっ。わ、分かったよ。着りゃあいいんだろ。呪がかかってなかったみたいだからな。着てやらないこともない」
腕組みをしてツーンとそっぽを向く神様。決まりが悪いのか、若干もじもじとした話し方だった。あの拒絶からのこの変わり身……いささか不体裁そうである。本人も気まずさを自覚しているのだろう。
まあ、いい。とりあえず短い髪の子のおかげでうまく収まりそうな──……。
「なんと高慢な。そのように渋々着用されても、衣装は嬉しくないでしょうね。和泉守兼定、あなたはいっそ、褌一丁で冬を耐え忍べばよいのです」
ええーっ嘘でしょちょちょちょちょっとこんちゃんもう掻き回さないで! 高慢でいいから! 渋々でも嫌々でもいいから!
「こ、こんちゃん」
「んなっ、こ、この管狐……!」
「問題ないでしょう。褌一丁でも、格好良くてつよーい流行りの刀には違いありません」
「減らず口を叩きやがって!」
「ええ、ええ、減りませんとも」
……ああ、もう、好きにやってくれ。適度に。
売り言葉に買い言葉。ただでさえ精神的に疲弊している私に、もはや仲裁に入る元気はなかった。