小話 - なんとはなしに

09


 縁側にずらりと並んだ服や防具。刀剣男士は己の衣装を持ち去り、いくつかの部屋に分かれてそれぞれ着替えを行っていた。
 立派な本丸御殿には十を越える和室がある。そのうちの一つに集まったとある付喪神らは、互いの召し替えを手伝いあいながら談笑していた。
 服の汚れに秘められたエピソード、甲冑に付いた傷の武勇伝──そういったことを話していると、ボロボロの装束にも拘らず、脱ぎ捨てるのが惜しくなる。共に数々の苦境を乗り越えた衣類には、たくさんの思い出が詰まっていた。
「少し、寂しい気がしますね」
 太郎太刀は血の染み付いた和服をたたみ、ぽつりと溢す。着物の襟をそっと撫でるその手つきは、名残惜しそうなものだった。
「ああ、そうだな」
 大太刀の言葉に感慨深く頷く三日月宗近。皆ひっそりと閉口してしまい、物憂げな静寂が流れた。
「──これから、どうなるのでしょうね」
 うら悲しい空気を取り払うかの如く、小狐丸が沈黙を破る。薄闇に光る赤紅の双眸には、獣の気質に因んだ野性が滲んでいた。
「さあ、どうかな。後でみんなで話し合うみたいだけど、きっとまとまらないだろうね」
 苦笑を見せた石切丸へ、太郎太刀は「ですね」と短く同意する。
 個々の心を持つ六十もの神。皆個性が強く、意思もある。主張のぶつかり合いは容易に想像できた。
「議題が議題なだけに、そう円滑にはいくまい」
「ええ、難しいものです」
 三日月宗近の後に小狐丸が続け、誰のものとも分からぬ溜息が畳間に響く。僅かに重い雰囲気の中、数珠丸恒次は一人別の事を考えていた。
「……ふむ」
「どうかなされたか、数珠丸殿」
「いえ。少々気になることがありまして」
 瞼を閉ざし、正座をしている付喪神の「気になったこと」。石切丸は興味津々に「それはなんだい?」と問うた。
「しがない事柄ですが、よろしいでしょうか」
 そんな前置きがなされ、「もちろん」とにこやかに首を縦に振る石切丸。
「ああ。俺も聞きたい」
 三日月宗近が口元を緩めると、数珠丸恒次はゆっくりと話し始めた。
「……こんのすけは『こんちゃん』、亀吉は『亀ちゃん』。もし、私があの人間に帰順するとなれば、どのように呼ばれるのかと……少し考えておりました。『数珠ちゃん』、それとも『恒ちゃん』になるのか……」
 意表を突いた発言に、四口はきょとんと目を丸くする。無理もない。つい先程まで気の塞ぐような会話をしていたというのに、なんの関連もない呼称の話が出てくるとは。
 しばし驚いていた彼らだったが、ここに居るのはもともと落ち着きのある刀剣男士ばかり。「どういうことか」と大声で詰め寄るものも、「それはあり得ない」と否定するものも、難解に捉えるものもおらず、やがて神々は自然に語らいだした。いささか呑気ではある。
「なるほど。その原理でいくのならば、俺は『みかちゃん』だな」
「では、私は『石ちゃん』だね。太郎太刀さんは──『太郎ちゃん』か『たろちゃん』、かな?」
「はあ……『太郎ちゃん』に『たろちゃん』、どちらも不思議な響きです」
 各々が呼び名を見つけていく。しかし、小狐丸だけは小難しげに唸っていた。
「……私は、どうなるのでしょう」
 漢字三文字で「小狐丸」。ひらがなにして「こぎつねまる」。「こんちゃん」「亀ちゃん」に当てはめようとしても、なかなかうまくいかない。
 小狐丸の悩ましい声を耳にして、他の四口は思案する。各々ひとしきり知恵を絞り、口火を切ったのは天下五剣が一振り三日月宗近だった。
「ううむ、『小狐ちゃん』、『こぎちゃん』辺りではないだろうか」
「そうですね。ただ、『小狐ちゃん』だと字数が多いので、『こぎちゃん』の方が呼びやすいのでは」
「『こぎちゃん』、可愛くていいね」
「ふっ……『こぎちゃん』、ですか」
 和やかに微笑む神々。ただし、当の小狐丸は「こぎちゃん……?」と困惑しているが。
「おーい、着替え終わったか?」
 刹那、襖が勢い良く開けられ、獅子王が室内を覗き込む。
「って、なんで揃って笑ってるんだ?」
 不可解そうに小首を傾げる獅子王を目にし、数珠丸恒次らは顔を見合わせて笑みを深めた。未だ混迷としている小狐丸は、あやふやな面持ちのまま、再度「こぎちゃん」と呟いた。

10