小話 - なんとはなしに

08


「おかえり。どうだった?」
 がらんとした畳敷きの一室で、大和守安定は戻って来た一振りの刀剣男士を迎えた。後ろ手で襖を閉めるのは、先程まで池の畔に赴いていた加州清光だ。
「あっちも会ったことないってさ」
 言いながら部屋の中央まで歩き、加州清光は付き合いの長い片割れの隣へと腰を下ろす。
「じゃあ、やっぱり清光の勘違いだったんじゃない? 沖田くんと居た時、僕もあの人見たことないし」
「……そーね」
 立てた片膝に肘を乗せ、物思いに沈むように頬杖をついた加州清光。彼は先刻交わした女とのやり取りを追想するあまり、心ここにあらずになってしまっていた。
「なんか、元気ない? あの人間に何か言われたの?」
「別に、普通。何も言われてないよ」
 異変を察知した大和守安定が気にかけるも、かえってきたのはつっけんどんな返事だった。
 何かあったのは間違いない。しかし、教えてはくれないだろう。今の加州清光に語る気がないことを、また、聞いても無駄であることを、彼の古馴染みである大和守安定は瞬時に悟った。
 言いたくなればそのうち話し出すだろうと考え、大和守安定は他の話題を提示しようと口を開く。
「ふうん。……ねえ、あの人間と話したんでしょ? どんな感じだった?」
 離れに住まう女には、先の審神者のような力はない。それが判明し、彼女を危険視する刀剣男士はずいぶん減った。逆に関心を寄せる神が増え、庭で土いじりをする女へしばしば声をかけるものも出てきている。大和守安定はまだ女と話をしたことはなかったが、機会があればいつか自分も、とは思っていた。
「あの男と違って感情ダダ漏れ。すぐ謝るし、すぐ驚く。……あとは、ずるい」
「ずるい?」
 意外性のある言葉に、大和守安定は訝しげな面持ちで加州清光の横顔を覗き込む。高い位置で結った豊かな髪の束が傾いた。
「……そ、超ずるい」
 無音の溜息をついた赤目の神は、所々塗料の剥げたまだら模様の爪を見つめ、回顧する。
 ひょんなことから爪を飾る塗料をもらうことになり、何色にするかと聞かれた。これまで付けていた「赤」が一番に思い浮かんだのだが、あの時の加州清光は「気分を一新してみてもいいかもしれない」とも考えていた。
「違う色にしよっかな、って思ってたのに」
 拗ねたような表情で独りごちる加州清光。
 太郎太刀の爪に乗る金、自分の出で立ちに合わせた黒、大和守安定をイメージさせる青や水色──ちょっと冒険をして、赤以外を試してみようか。彼がそう思っていた矢先、女は涼しい顔で「赤が似合う」と告げてきて。
(……あんなこと言われたら、赤でいいって言うしかないじゃん)
「もー、なんなのあの人」
 ワンシーンを思い出し、急に気恥ずかしくなった加州清光は、みるみる染まる頬を隠すように顔を背ける。その色付いた耳の先を見留め、何があったか分からないが、落ち込んでいるわけではなさそうだな、と大和守安定は小さく笑うのであった。

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