12
六十を越える付喪神らの傷が癒やされ、二、三週間が過ぎた。その間、離れに住み着く人間を監視し続けた神々は、彼女に対する警戒心を僅かながら薄めつつあった。
女の霊力は先の審神者と比べて遥かに弱く、大気に紛れるそれに邪悪な気配はない。どちらかと言えば澄んでいて、手入れによって目覚めた神刀石切丸は、張り巡らされた結界を見澄まし「清い力だね」と漏らしていた。
新たな審神者は呪いや言霊で刀剣男士を縛ろうとはせず、また、出陣の説得をしてこなかった。強要もなければ嘆願もない。もちろん、命令も。
神々に対し女はひたすらに無干渉であり、管狐とのやりとりを傍から見る分には、悪意のなさそうな……気の良さそうな人間だった。
故に、仲間内での談義の末、彼らは管狐の頼みをきくことにした。
先の審神者の足元にも及ばない霊力、攻撃的でない気性──あれなら、短時間であれば御殿にあげてもよいだろう。そう考えて。
女の来訪を最後まで拒む付喪神もいたが、害を成そうものなら斬ればいいと他の神に諭され、渋々首を縦に振った。あの程度の結界、複数の刀剣男士が一斉に切りかかれば簡単に突破できる。命を奪うなり、四肢を奪うなり、どうとでもできよう。
縁側から上がり込んだ女の一挙手一投足に注目する彼ら。管狐が「女の人となりを知り、内面を見定めよ」と厳しく叱責していたこともあって、神々は普段より注意深く女を観察していた。
「少しでもおかしな素振りを見せたなら斬り伏せてやろう」と、刀剣男士は目を光らせる。しかし、これといったきな臭い挙動はなく、女は管狐に進言されるがまま手入れ部屋の片付けを開始した。付喪神は誰も手を貸さない。女の本性を見定めるべく、あくせく動く様をじっと眺めていた。
畳を持ち上げたり障子を外したりと結構な力仕事であったが、女は神々へ助力を求めず、文句一つと言わず、黙々と一人でやってのけた。そんな彼女を見て、同田貫正国や膝丸なんぞはまずまずの根性があるではないか、と仄かに感心していた。労力の要る作業に耐え兼ね、泣き言をいって助けを乞うてくるのでは、と考えていた刀剣男士も少なくなかったのだ。
忙しない片付けが終わり、女は政府の式札を用いて小さな式神を喚んだ。初めて会う式神に興奮し、騒ぐ人間。純粋に喜んでいるようだった。顔を輝かせて式神と握手をしている女は、害が有るように見えない。
式神が赤錆びた包丁の手入れに取り掛かると、女は畳に座り込んで膝を崩し、管狐と談笑し始める。刀剣男士への応対は淡々としていた彼女であったが、管狐と話す際は実に多彩な表情を持ち、見る度に面持ちがころころと変わっていた。常に生気のない形相をしていた先の審神者とは、天と地の差。
薄暗い室内に、二つの笑い声が響く。管狐が冗談を言えば楽しげに笑い、言葉を返して更に笑う。時に女は管狐の体に触れ、親愛と優しさに溢れた手付きで毛皮を撫でた。
管狐は心底幸せそうだった。女も始終嬉々としていた。彼女は途中で乱入してきた亀吉をも愛で、二匹をひどく甘やかす。手入れ部屋の中には、幸福が満ち満ちていた。
間近で繰り広げられた和やかな光景は、神々の心に深淵に幽く沁みる。それはそれは甘美であった。
ああ、いいなあと。物吉貞宗は細い溜息をつく。
──あんな風に、人と睦まじく会話をしたかった。己の主人と笑い合いたかった。強い絆で結ばれたかった。
ただの「刀」だった頃にはできなかったこと。付喪神、刀剣男士として顕現され、自分たちがしたかったこと。主人と築きたかった理想の関係。
各々何かを感じたのだろう。物吉貞宗のみならず、場に居た神々は皆、古き主を思い出しながら眩しそうに女に見入っていた。
かつてこの地に君臨していた男を憎むあまり、審神者も政府も、そしていつしか人間自体を疎んじるようになった付喪神たち。
審神者には──人間には気をつけなければならない。堅い戒めを抱えた神々は、過ぎし日の悲劇を重ねぬよう神経を使いながらも、鋭く尖り歪になっていた心の形を変え始める。
彼らの欲しいものは、すぐそこにあったのだ。