小話 - なんとはなしに

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(あれよりも、俺の方が──)
 そこまで思って、へし切長谷部はハッと息を呑んだ。
(俺は、何を)
 今しがた己に生じた感情に衝撃を受け、唖然とする。自分に起きた事ながら、信じ難かった。
 手入れ部屋では式神に包丁を返された女が、磨き上げられた刀身をすごいだなんだと褒め称え続けている。そっと刃境を撫で、切っ先の煌めきを飽きることなく眺め──一丁の刃物にすっかり心を奪われているようだった。
 そんな女の恍惚とした様子を目にし、へし切長谷部は人間への憎悪や不信感を一瞬忘れ、冒頭の思いを半ば無意識に抱いたのである。彼が我知らず握り締めていたのは、帯刀している国宝の鞘。
(俺の方が──……俺の方が?)
 驚きに穿たれた心に自問すれば、答えは案外すんなり出る。「俺の方が」の後に続くのは、「優れている」と、そういった類のものだった。同じ刃物といえど、刀と包丁では造りや役割がまるで異なるというのに、彼は自分と女の持つそれとを秤にかけていた。そして、「己が勝っている」と無自覚のまま優劣を決めていて。
 確かに、女の誉めそやす包丁よりも、へし切長谷部や他の刀剣男士の本体の方が刃物としては秀でているだろう。切れ味や丈夫さ、刃の美しさ……彼らは腕利きの鍛冶師に打たれた一級品だ。どこの馬の骨とも分からぬ包丁が目の前でちやほやされていれば、名刀としてのプライドが疼く。端的に言うと不愉快だった。また、羨ましくもあった。
「ありがとう! 大事にする!」と歓喜に声を張り、嬉しそうに、本当に嬉しそうに包丁を受け取った人間。
 彼女は今尚ただの料理包丁に夢中になっていて、へし切長谷部は苦々しい思いを押さえつけるように奥歯をぎりりと噛んだ。
(……何故あれが)
 刀だった頃のへし切長谷部は、各時代で多くの人間を魅了してきた。刀に詳しくない女は知らないが、彼女の生きる平成では栄えある国宝として博物館に収められている。
(あんな、包丁如きが)
 付喪の宿らぬ刃物、それも包丁に何ができよう。時間遡行軍と戦えもしなければ、女の手となり足となることも叶わない。出来る事といえば、せいぜい人に使われるがまま食材を切り刻むくらいだ。女にとっては重要であっても、へし切長谷部にとってはそんなものちっぽけで、取るに足らない働きだった。
 明らかに己より劣っている物が、あんなにも持て囃されるとは。
 自分が上だとはっきり断定してしまったせいで、どんどん不満が増してゆく。
 納得がいかなかった。大切にされることの心地よさを知っているが故、余計に妬ましい。
 褒められたい、愛でられたい、大切にされたい、側に置かれたい、信頼されたい、慈しまれたい──止めどない欲求が堰を切ったようにぐるぐると巡る。
「綺麗だね」「すごいね」「大事にする」
 あの言葉が欲しかった。喉から手が出るほどに。
 先の審神者がくれなかったもの。織田信長から得られなかったもの。
 それを女は持っていた。だが、与えられているのはただの包丁で、へし切長谷部ではない。
(俺の方が役に立てる。なんだってできる)
 心の奥に押し込められ、燻っていた情動が独りでに動き出す。
 決して誰にでも媚びるわけではない。主でない者へ傅くつもりもない。へし切長谷部が忠誠を捧げるのは、主と認めた人間のみ。
 それでも、彼は「求められる自分」に焦がれ、紫苑の双眸を爛々とぎらつかせた。
(俺が、役に立てば──)

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