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庭仕事をしている女の側から管狐が離れた。どういう理由であれ、女が一人となる状況は鶴丸国永にとっては絶好の好機だった。
気配を殺し、花へ水をやる女へそろりそろりと忍び寄る付喪神。その姿を遠目に見取り、大倶利伽羅は「またか」と片眉を上げる。これから何が起こるか、鶴丸国永が何をしようとしているのか、簡単に予測できた。白き太刀が度々人の子を驚かしている事を、またそれを楽しんでいる事を、大倶利伽羅を含め神々は皆知っていた。
「わっ」
「わあ!?」
バシャッ。
脅かす声、驚いた声、水の音。
今日も今日とて鶴丸国永にびっくり仰天させられた女は、弾みでじょうろを落としてしまう。
(毎回同じ手に引っかかるな)
大倶利伽羅は呆れ半分、哀れみ半分で女を眺め続けた。何分遠方からなので会話の中身や詳しい様子は分からないが、ややあって鶴丸国永が女に迫り始める。僅かな──ほんの僅かな殺気を感じた。それは、白き太刀が放つもの。
本気で葬ろうとしているわけではない。匂わせた殺気を察知するか、隠された力がないか──鶴丸国永は女の力量を推し量りながら、反応を愉しんでいる。
じりりと後退する人間。しかし、鶴丸国永にじょうろの先を掴まれ、逃げるに逃げられなくなっている。日頃彼女を守っている管狐も今はいない。おそらく困窮しているだろうと考え、大倶利伽羅は無音の溜息をついた。
(……仕方ない)
予定外の行き先ができ、革靴を履いた足が女の方へ向けられる。
彼は当てもなく御殿の外周を歩いていて、女の近くを通りかかったのは偶然だった。無用な接触を避けるべく引き返すつもりだったが、此度の事態を目撃してしまい、放っておくのもどうかと思い直したのである。
煩わしさに顔を顰めつつも、大倶利伽羅は女と鶴丸国永のもとへ一直線に歩いて行く。近付いてくる仲間の存在に、白き太刀はすぐに気付いた。けれど、女はそうでなかった。
「夏でもないのに水遊びか」
ある程度距離を縮め、大倶利伽羅は声を飛ばす。弾かれたように振り返った女の目が、一柱の神を捉えた。まん丸に見開かれたそれには、緊張の色が濃く滲んでいて。
面食らって固まったままの女を差し置き、鶴丸国永はじょうろから手を離す。殺気を孕んだ空気はもうない。
「よう、伽羅坊」
人好きのする笑みを浮かべた神は、「晩秋の水遊び、意外性があって良いとは思わないか?」と続けた。そして、問いかけを無視した大倶利伽羅へ懲りもせずに誘いをかける。
「やらん。馴れ合うつもりはない」
きっぱりと断り、女と鶴丸国永の間を通り抜ける大倶利伽羅。立ち止まった彼が見下ろせば、女はぴくりと身じろいだ。
「……あんたも、悪ふざけに一々付き合わなくていい」
何をされても飄々と躱せばいい。嫌なら相手にすることもない。自分が困らぬように立ち回れ。
淡々とした言葉の中には、そういったメッセージが込められていた。大倶利伽羅なりの助言である。女はポカンとするばかりであったが。
意味を成さぬ声をあげ、鯉のように口を開閉させる人間。そんな彼女を目にした大倶利伽羅は、本当にただの小娘だな、という感想を抱き場を離れた。
去り際、「程々にしておけ」と言わんばかりの鋭い視線で、鶴丸国永を咎めることを忘れずに。