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大倶利伽羅が漫然と歩き始めて間もなく、離れと御殿の間に出た。池に面した縁側では管狐と燭台切光忠が談笑しており、竜を宿す太刀は細い息を漏らしてそちらへ歩を運んだ。
「やあ、伽羅ちゃん」
「おや、大倶利伽羅」
にこやかな伊達男に、ぺこりと頭を下げた管狐。こんのすけのぽてっとした前足の横には、竹でできた水筒が置かれている。
大倶利伽羅は挨拶に答えることなく、管狐が女のもとに居なかった理由を考えた。だがそれは束の間のことで、まずはこの狐をさっさと返すべきだと思い、口を開く。
「おい、早く戻ってやれ。お前の主がまたちょっかいを出されているぞ」
「なんと」
管狐のどんぐり眼が溢れんばかりに大きく張った。縁側に腰掛けている燭台切光忠も、「え? それってもしかして、鶴さん?」と瞠目する。
「燭台切光忠、食事の話はまたの機会に。申し訳ありませんがこれにて失礼致します」
「ああ、うん、そうだね」
状況の急転に戸惑っていたせいで、燭台切光忠の返答ははっきりしないものとなった。
「大倶利伽羅、伝達ありがとうございました」
礼を言うが否や、引っ攫うように水筒を咥え管狐は疾走する。心中では「しまった」、と自身の失態を悔やんでいた。離れへ水筒を取りに行ったはいいものの、途中で燭台切光忠に会い、ついつい立ち話をしてしまったのだ。
狐の主人が鶴丸国永の奇襲を楽しめ、和やかに受け止めることができるのなら問題ないが、残念ながらそうではない。白き太刀の驚きを贈られた後、女は常に複雑な表情をしていた。そして、「心臓に悪いからやめてほしい」とよく独りごちていて。
刀剣男士に対する印象が悪くならないよう、また、女側の溝が深まらないよう、マイナスな接触は防ぎたいと。管狐はそう考えていた。
「慌てるくらいなら、一人にしなければいいものを」
一目散に駆けてゆく管狐を見ながら、ぼそりと呟く大倶利伽羅。
「まあ、それはそうかもしれないけど……僕が話しかけちゃったから」
申し訳なかったかな、と頬を掻く燭台切光忠を一瞥し、大倶利伽羅は縁側から御殿へと上がり込む。
「でも、優しいね、伽羅ちゃん。こんのすけに教えてあげるなんて」
「世話を焼いたつもりはない」
大倶利伽羅は柔和に微笑む伊達男に見向きもせず、ふん、と鼻を鳴らして襖障子の奥へ消えて行った。
「……十分、焼いてると思うよ」
誰に言うでもなく口をきき、燭台切光忠は縁桁を見上げる。
──すると。
「驚かすのはさっきので最後にしてよー!」
にわかに響いた女の声。大音量のそれは容易に聞き取れ、縁側に座る付喪神は「あの子も大変だなあ」と、一人苦笑いをした。そして、暗澹とした溜息を吐く。
彼女の声が耳に飛び込んできても今回は大丈夫だった。だが、次はどうか分からない。
あの男の影は、常に側にある。