17
時間遡行軍と戦い、歴史を守る刀剣男士。
往昔、人によって無惨に酷使され、人への遺恨を植え付けられた神々は、心を堅く閉ざしていていた。
人の力になってたまるものか、もう人間はうんざりだ、と強く拒絶をしながらも、腹の底のそのまた底には対極した想いを抱えている。
恨みつらみに隠れたそれを自覚している付喪神は少ないが、人の手で創られ、人の手で使われ、幸多き思い出も持つ彼らだからこそ、一縷の望みを捨て切れずにいるのだった。
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「ありがとう! 大事にする!」
磨き上げられた刃を一目見るなり喜色満面となった女は、子供よりも小さな式神の手から恭しく包丁を受け取った。興奮混じりの礼には感動すら滲んでいて、「大事にする」という一言が多くの付喪神の魂に響く。
きっとあの刃物は言葉通り大事に扱われるのだろう。以前の自分たちとは違って。
そう感じ取った神々は、悲惨な過去と眼前の場景を照らし合わせ、あまりにも大きな差違に胸を詰まらせた。管狐の言っていたように、先の審神者と女とは似ても似つかぬ生き物だった。なぜこれまで気付かなかったのか、不思議なくらい。
底なしの憎悪に曇っていた眼では見えなかったものが見え、心の奥に沈み込んでいた、あるいは閉じ込めてしまっていた光が、夜明けのように輝き出す。「あの人間だったら」と、一部の刀剣男士は淡い希望を胸に灯した。
支え合い、助け合う、人と神との共存。あの女とならば、それができる気がした。
あの女ならば、自分たちを大切にしてくれるかもしれないと思った。
であれば、くさくさと御殿に引き篭もっているのではなく女のために動くべきだと、自らに課せられた使命を頭の中で叩き起こす。
歴史改変を企む者共の操る、時間遡行軍。己等が顕現されたのは、神かもあやかしかも分からぬ異形の化物を討ち滅ぼすためだということを神々は皆知っていた。
自分たちは審神者にとって、歴史を守ろうとする人々にとって必要な存在である。ここに居る女もまた、刀剣男士を欲しているのだろうと、彼らは無意識のうちに妄信していた。
──だが。
包丁の手入れが終わり、帰り支度を始めた女は「やれ用が済んだ」とばかりにそそくさと離れに戻ろうとする。付喪神へ談合を持ちかけるでもなく、協力を訴えかけるでもなく、女が放ったのは「お邪魔しましたー」というさっぱりとした挨拶で。そこには迷いや躊躇いなど欠片もない。
場に居た刀剣男士は、期待はずれにも似た感情をもやもやと渦巻かせる。
もっと何かあっても良いのではないか、こんなにあっさりと引いてしまうものなのか。
妙に遣る方無い気持ちで女を遠巻きに見つめる神々。板張りの廊下を意気揚々と歩き出した人の子へ、薙刀の付喪神が待ったをかけた。
「えっ、…………私?」
岩融に呼び止められた女は甚だ心外そうだった。まさか自分に声がかかるとは思っていなかった、というような素振りで自身を指差し、間抜けにも口を半開きにする。足を止めた女の傍らでは、政府の狐がじっと成り行きを見守っていた。
女が微かに肩を窄め、大男へ「何?」と尋ねれば、岩融は一歩、大股で距離を詰める。そこに、口を挟んだ刀剣男士が一振り。
よもや薙いで斬り殺すのではなかろうな、と危惧したへし切長谷部だ。己の欲しいものを持つ人間を殺されては困ると、いなくなられてはいけないと、彼は刹那に思ったのであった。けれど、それはへし切長谷部の杞憂で済み、薙刀の神は自らの本体を振るわないと声高に明言した。
ほっとして肩を下ろす女とは違い、へし切長谷部はまだ少し気がかりなよう。仲間を信じていないわけではなかったが、気難しげな顔で岩融を凝視している。
一つ、二つと時が過ぎ、やがて岩融は静寂を破った。
「うぬは、我らに何を望む」