小話 - なんとはなしに

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「なあ、また脱走計画立てないか? 今度はもっと上手くやろうぜ」
 鬱々とした沈黙を破ったのは厚藤四郎だった。音の抑えられた声は染み込むように座敷の空気に溶け、余韻も残さず消えてゆく。無論、襖の外で番をしている骨喰藤四郎の耳に入ることはない。
「へへっ、賛成。離れの奴に会いに行くんだろ?」
 後藤藤四郎が腕白な子供さながら目を輝かせると、厚藤四郎は真剣な表情で首肯する。交わる目線に宿りし決意は敢然たるもので、五虎退は不安げに一匹の虎を抱いた。二振りが意思を固めたことを悟ったのだ。
「で、でも、危ないんじゃ」
「言霊も呪も使えない、武器を振るえるような筋肉もない、霊力も強くない、戦も知らない。そんなのが相手なんだぜ。危なくなってもオレたちだけでなんとかできる」
 精悍な顔立ちで鎧通しの鞘を握る厚藤四郎。彼は己の本体が持つ切れ味、そして己の剣技に確かな自信を抱いていた。
「うん、俺たちだって十分戦えるよ。……それに、絶対に危なくなるとは限らないし」
 心配そうにしている五虎退を安心させようと、信濃藤四郎は柔らかく笑って兄弟の瞳を覗き込む。だが、後ろ向きな未来ばかりを映す金の双眸は、心細げにゆらゆらと揺れ続けていた。
「そうですね。離れにいらっしゃる方が噂どおりに無害であれば──危急の迫る状況にはならないかもしれません」
 相槌を打って賛意を示した前田藤四郎は、姿勢良く正座を保っている。幼き姿に釣り合わぬ凛々しさ。背筋のぴんと張られたそれは、彼の性格を表しているかのようだった。
「……今居る審神者が悪くも怖くもない人間なら──秋田のこと、何か教えてくれるかもしれないよね。知ってたらだけど」
 不意に、誰かがぽつりと溢す。声の主は憂い顔をした乱藤四郎。彼の一言によって皆気落ちした。今は無き仲間を思い返して。
「秋田」
 平野藤四郎は膝の上で拳を作り、囁くように兄弟の名を呼んだ。年端のいかぬ面差しへ暗い影が差す。繊細な心に染むのは、体の内側を切り裂いてしまいそうな愁情。
 ある夜を境に、秋田藤四郎の姿は見えなくなった。存在証明となる神気も失せた。青白い顔で弟の行方を問う一期一振へ、先の審神者は「消した」と、ただそれだけを返した。鍛刀部屋で刀解が行われた形跡はなく、かの刀剣の朽ちた亡骸や折れた刀身は、どんなに探しても出てこなかった。
「肉体、魂、そして依代である本体。全て、跡形も無く消されたのかもしれません」
 いつぞや太郎太刀がそう言ったが、粟田口派の短刀らは諦めきれていなかった。何せ、別れの言葉も形見もなく、誰一人とその瞬間を見ていないのだ。「秋田藤四郎」の失跡を本心から受け入れられないどころか、未だ実感すら湧いていないものもいる。現に、女の手入れによって傷が癒えた粟田口の子らは、不自由なく動く体を使い御殿中の押し入れを開けて回っていた。
 隠れんぼの上手な兄弟がこっそり身を潜めているのではないかと、僅かな期待を胸に抱いて。
「ああ。秋田のことで何か知らないか聞いてみないとな」
 言って、厚藤四郎は俯く乱藤四郎の隣へどっかりと座り込む。憂う兄弟を慰めるべく細い肩を抱けば、吐息混じりの微笑みが返ってきた。
 秋田藤四郎は本当に消されてしまったのか。先の審神者が政府へ引き渡したのではないか。もしかすると人の形を保てなくなっただけで、本丸のどこかに本体があるのではないか。
 希望を捨てず、奇跡を願う短刀たち。朗報であれ悲報であれ、いかに些細な事でも知りたかった。
 他の刀剣男士同様、粟田口派の短刀らも先の審神者に非道な扱いを受け、心に深い傷を負っている。にもかかわらず、彼らが怒りや恐怖心を抑え、新たな審神者との接触を望むのは、「秋田藤四郎の情報を得たい」という強い動機があってのこと。
「厚、すっかりやる気ばいね」
「まあな」
 博多藤四郎が茶化すように声をかけると、厚藤四郎は白い歯を見せる。沈鬱だった座敷に、ぽつぽつと笑顔の花が咲き始めた。
「よし。やるならきっちりやろうぜ。今度は失敗しないようにな」
 兄弟らの様子を見て腹を据えたのか、今まで黙って話を聞いていた薬研藤四郎が口を開く。
「抜け出すなら少ない人数の方がいい。厚と後藤は決定として、他に希望者はいるか?」
 彼が男らしい所作で立ち上がり、室内を見渡せば。
「俺、人妻かどうか聞いてみたい!」
 包丁藤四郎が真っ先に挙手をした。
「……ボクも行く」
 続いて、秋田藤四郎の存否を気に病む乱藤四郎。
「おい乱、無理しなくていいんだぞ」
「ううん、平気。秋田のこともだけど、離れの人間がどんな人なのか……自分で確かめてみたいから」
 厚藤四郎に気遣われて顔を上げた乱藤四郎の面持ちには、覇気が溢れていた。
「じゃ、決まりだな。外に出るのは俺と包丁、乱に厚」
「ぼ、ぼくは、その……」 
「五虎退は俺と居残りばい。見張りも要るやろ?」
「見張りもですが、いち兄たちの気を引く役も必要です」
「それなら僕が」
 一振り、また一振りと、粟田口派の付喪神が座敷の一角に集まってゆく。年若な体を寄せて内緒話に耽れば、とんとん拍子に役が決まった。時折わざと大声でふざけ、襖の前に待機している兄脇差へのカモフラージュも忘れない。策動を成功させるため、まずはこの謀議を秘密裏に済まさなければならないのである。
「いち兄、怒るよね」
「正座と説教は覚悟しとかないとな」
「えーっ! 俺、怒られるのはいやだ。ばれないようにやっちゃえばいいんだよ!」
「ははっ、それもそうか」
 作戦を練る最中、互いに顔を見合わせ不敵な笑みを浮かべる脱出組。
 果たして密計は成し遂げられるのか。その行く末を、今はまだ誰も知らない。

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