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「……続けた方がいいんじゃねえか? 念のため、な」
切り出したのは腕組みをした和泉守兼定であった。思案の末に声をあげた彼の目は畳の縁に落とされており、それは鋭く尖っていた。
「えっ? でも兼さん、あの人はたぶん大丈夫だって言ってたじゃない」
「それはあいつ単体の話だ。よく考えろ、国広。あの人間が弱っちくて無害でもな、裏には時の政府がついてんだ。用心するに越したことはねえ」
「あ……」
驚きに瞳を丸めていた脇差は、相棒の言わんとする事を理解し、苦しい過去を顧みる。
先の審神者に酷使され、愛なき不当な扱いを受けていたあの頃。苦節を耐え、外部からの助けを願った彼らであったが、政府が異常に気付いたのはずっとずっと後の、それこそ重傷者が溢れ返り、皆の気力が果ててしまいそうな時のことだった。秋田藤四郎の消失だって起きてしまっていた。
刀剣男士はあのような目に遭うために人との共闘を承諾したのではない。時の政府と一種の契約を結んで人間に協力している身としては、救援の遅れに納得がいっていなかった。また、前任の男が去ってすぐ、新たな審神者や政府関係者が次々と送り込まれてきたことも不快でならなかった。
時の政府の持つ力は、神である彼らでさえも計り知れないもの。「本丸」という特殊な空間をいくつも作り、時間遡行軍を模した鍛錬相手を生み出し、本丸ごと付喪神らを消してしまえる。和泉守兼定のように、時の政府へ警戒心を抱く刀剣男士も少なくはない。政府に対する不信感も高かった。
「審神者を使って何か仕掛けてくるかもしれねえ。あいつにその意思がなくてもな」
剣呑な言葉を吐き出せば、闇夜の座敷に沈黙が降りる。危うい未来を想像した五虎退は恐怖を覚え、うっすらと涙ぐんだ。そんな弟の頭を、骨喰藤四郎がそっと撫でる。
「否定できないのが辛いよねえー。あの子自体は問題なさそうなのに」
憂鬱そうにぼやき、大きな溜息をつく次郎太刀。
「いつ何時政府の介入があるかも分からないというのなら、監視をしておいて損はないでしょう」
弟の横で冷静な意見を述べる太郎太刀。
「子らよ、どうする。見張りは今後も継続してゆく、ということで良いのか?」
暫時広間に交錯する声へ耳を傾けていた小烏丸が改めて問えば、皆黙して肯定の意を示す。それぞれ思うところはあれど、特に異議を出すものはいなかった。浦島虎徹の肩に乗っている亀吉だけは、「監視なぞ不要だろう」とあくびをしていたが。
「異論がないようならば、皆で哨務に勤しむとするか。体制もこれまで通りでよいな?」
神々はこれへも沈黙にて是認する。二人一組、三交代制。そんな監視の続行が今ここに決まった。
「どーせ取り越し苦労になるんじゃない?」
「そうかもしれない。だが、和泉守の言うことには一理ある。あちらの動向くらいは把握しておいた方がいいだろう」
「動向ねえ……。畑仕事に庭掃除、花の世話、鯉に餌やり?」
「ふはっ」
鶴丸国永が噴き出すと、広い座敷が徐々に賑やかになっていった。刀剣男士らは周囲のものと談論し始め、しばらくその様子を見ていた小烏丸は、折を見て一つ手を叩く。切れの良い音がパンと響き、い草の香りが充満しているそこは、再び静かになった。
「さあ、話し合いは終いにしようぞ。父はいささか疲れた」
平家一門の家宝であった日本刀はゆっくりと瞬いて、ふと何かを思い出したかのように朱い唇を開く。
「……ああ、そうそう。小さき子らも、我はそろそろ好きにさせても良いと思うがなあ」
対角線上の一期一振を一瞥し、「まあ、同派の兄らに任せるさ」と溢して軽く笑う小烏丸。
「だってさ、いち兄」
薬研藤四郎が見やるも、粟田口派の長兄は表情を硬くしたままで、それが答えだった。
「お小夜はどうしますか」
広い座敷の一角には左文字派の付喪神が横並びで座しており、江雪左文字はじっと俯く小夜左文字へ問いかける。塞ぎ込んでいる弟の背を押してやろうとしてのことだった。
「会いたいのなら、会いに行ってもいいんですよ」
無言の弟を促すように宗三左文字が続けるも、自らを復讐の刃と称す短刀は表情のない顔で弱々しく首を横に振る。
「……別にいい。あの人、怖がったらいけないから」
音もなく立ち上がって廊下に向かう小夜左文字。闇に飲まれるようにして消えた弟に、兄らは心を痛め、憂う。離れの人間に対し、弟がなんらかの悩みを抱えていることは察していた。だが、幾度訊ねても末の短刀は頑として口を割らない。
「任せる、言われてもなあ」
左文字派の向かいで間延びした声を発したのは、だらりと姿勢を崩す明石国行。彼は目尻の垂れた双眸で隣の赤毛を見下ろし、どうしたものか、と思惟を巡らせる。
前任の審神者と離れの女は、性質の全く異なる人間だ。明石国行はそう理解しているものの、女へあまり良い感情を抱いてはいない。というのも、蛍丸へ女の話題を振ると、来派の大太刀はいつも顔を曇らせるのである。それ故、明石国行は女に何か難があるのではないかと危惧し、愛染国俊へも「安全性が確立されるまでは外に出ない方がいい」と告げていた。
先ほど古刀が「短刀らも好きにさせてはどうか」と立言していたが、さて──。
「オレは蛍についてる」
傍らの視線を感じ取った愛染国俊は、膝を立てて明石国行の耳へ顔を寄せ、そう囁く。
彼の横には心ここにあらずといった様子の蛍丸。今宵、池の側で女と話してからというもの、小さな大太刀はずっと悄気げていて、憂悶としている。離れの人間に会う会わない以前に、同派の大太刀についていてやりたいと、愛染国俊は考えていた。
短刀と大太刀を交互に見やった明石国行は、やる気のなさを引っ込ませて頷く。そして、近いうちに女へ一つ、尋ね事をしなければならないな、と眼鏡の奥で目を光らせるのであった。
襖に手をかけ、退室しようとしていた不動行光の肩を掴む短刀がいた。──太鼓鐘貞宗だ。
「おい、待てよ。不動はどうするんだ?」
振り向きざまにギロリと睨まれても何のその。長く伊達家に在った短刀は、カラッとした調子で問い、むすっとしている不動行光を見つめる。
「……どうもしないね。ダメ刀の俺には関係ねえよ」
甘酒もなく素面のくせに、不動行光は目を据わらせて不貞腐れた。
「関係ないことはないんじゃないか? あの人間、俺たちの主になるかもしれねーのに」
「今更『主』なんかできても……俺みたいなのには誰も見向きもしちゃくれないさ」
「そんなことねーって。不動は良い刀だ。もっと自信持って、前向きに行こうぜ。なあ、信長公の話を聞かせてくれよ」
明るい蜂蜜色の瞳を輝かせる太鼓鐘貞宗。彼は太陽のような笑みを浮かべていて、邪険にする気も削がれてしまう。かつ、敬愛する往代の主について話を乞われれば、「嫌」とは言えない。
不動行光は膨れっ面をしつつも、首に回された手を払うことなく太鼓鐘貞宗と共に座敷をあとにした。