25
談義に幕が下り、夜も更ける。無数の付喪が棲む御殿は深々としていて、不気味なほどに静まり返っていた。明かりの消えた離れもまた同じ。女は管狐を抱き温かな寝具に包まれている。
本丸に訪れたそれぞれの夜。畳の間に居並んでいた神々は好きな場所へ散り、暗がりに潜んでめいめいに過ごす。大座敷は閑散としていたが、もぬけの殻というわけではなく、二振りの刀が残っていた。
濃い闇の漂うそこで、鶴丸国永がゆるりと動く。他の刀が去るのを待ち、目当ての相手と二人きりになったところを見計らってのことだった。
「で、お父上はどう考えてるんだ」
胡座を解いて立ち上がり、腰に片手を当てる白き太刀。対して、小烏丸はじわじわと口角を上げ、薄笑う。
「鶴よ、言葉が足りておらぬのではないか。『どう』とは何がぞ」
「へっ、分かってるくせに。意地が悪いぜ」
勿体ぶった様子の古刀へ返せば、赤い唇から笑いを含んだ吐息が漏れた。
「ああ、すまん。そう臍を曲げてくれるな」
小烏丸は漆黒の眼を細め、声鳴る方へと顔を向ける。夜闇には白一色の衣装が幽かに浮き上がっており、鶴丸国永の気配をぼんやりと映していた。
「さて、答えるとするか」
緩徐な瞬きを一つ。そして父なる古刀は質問への解を示す。
「あのおなごそのものは無害とみて良いだろう。後ろに控える時の政府はどうか分からん。兼定の若造も言うておったがなあ」
「無害……ねえ。力を隠しているとは思わないのか」
「力を隠す? くっ、ふふふ、我らの放った殺気すら感じ取れぬあれがか」
小烏丸がさも可笑しそうに肩を揺らすも、鶴丸国永はにこりともしない。
手入れ部屋に座し、刃物の修繕を待つ女の背へ、古刀を始めとする数口の刀剣男士は何度か殺気を投げつけていた。それも分かり易く。人への憎しみを露わにした他、女の力量を測る意図もあった。当の女は気付く素振りもなく管狐と談笑していたが。
「感じ取れないふりをしていたのかもしれない」
値踏んだ離れの人間は、古刀にとって無力に近い存在だった。己の神気で魂を括り上げてしまえそうだと思うくらいに。ただ、白き太刀は違うらしい。女が牙を隠し持っているのではないかと考えている。
「これ、これ、鶴よ。疑心暗鬼は良くないぞ。……まあ、人の世に『絶対』はない。勘ぐるのなら秘されし能を暴いてみせよ。あれに異能があれば、の話になるがな」
「言われなくても試してみるさ」
飄々と発し、口元に弧を描く鶴丸国永。彼は一拍置いて息を吸い、少しの躊躇いののち小烏丸へもの問うた。
「……使われてもいいと思うか、彼女に」
それは彼が何より気になっていた事だった。
「ふむ、さあな。使われたいとも思えば、使われたくないとも思う。人の体は利便だが、心というものは実に難解よのう」
くつくつと笑いながら放たれた台詞に、白き太刀は片眉を上げる。小烏丸は自らに生じた心の揺らぎさえ愉しんでいるようであった。
「なれど、鶴よ。我らが使って欲しいと願った折に、あれは我らを使うであろうか」
伸びやかな声に、穏やかな物言い。だというのに、鶴丸国永は心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥った。
「それは」
「あれは我らの主になるだろうか。我の、そして子らの、望みに応えてくれるだろうか」
何の返事もできなくなった太刀を見据え、小烏丸は細い喉を震わせる。
「気付いておろう? あれは我らを警戒しておる。結界が良い例よな。あちらに居る時とこちらに来た時とでは、結界の強度と範囲が違う。あれは我らに気を許していないぞ」
常に冷静な目で女を観察していた彼だからこその見解だった。核心をついた弁に動揺している鶴丸国永もまた、同じ見立てを腹の底に押し込めていて。故に、父なる古刀にきっぱりと言われ、身を竦ませたのである。
間近で女を眺め、間接的に彼女の人柄に触れた今日。
危険性を消し切れずとも、先の審神者とは異なる人の子に興味がわいた。
共存できる未来を垣間見た。
人間に、誰かに仕えたいと思った。
頼り頼られる関係への憧れが再燃した。
管狐と女の絆が羨ましかった。
己も主が欲しくなった。
──だが、離れの女はどうだろう。
得も言われぬ不安と淀みが、鶴丸国永の胸を濁す。
「あまり悩むな。ここで思い惑うてもどうにもならぬ」
暗闇の中、鶴丸国永の表情は見えない。けれど、小烏丸は察していた。白き太刀の内に蠢く澱んだ想いを。
「あれが気になるのならば、お前の得意な悪戯で親睦を深めてみてはどうだ」
そう言われ、鶴丸国永はふと閃く。
「なるほど……そりゃあいいな」
悪戯。驚かせ好きの神が気に入らぬはずがなかった。
(まずは忍び寄って大声をかけてみるとするか。不意をつけば隠れた力が洩れるかもしれない。──それに)
ニンマリと、白き太刀は機嫌良さげに笑みを深める。
「あの人間に驚きをもたらすのも楽しそうだ」