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妙な真似はせぬように、と重々釘を刺し、亀甲貞宗と別れたこんのすけ。
癖の強いあの付喪神が、本当に「尻を叩け」とねだってしまったら──主人は大層困惑するだろう。管狐は心配でたまらなかった。どんなにきつく忠告するも、浮かれ切った亀甲貞宗は、恍惚に腰をくねらせるばかりであったのである。
こんのすけは御殿の軒下をとぼとぼ進みながら、はあ、と憂鬱な溜息を洩らし、表情を曇らせた。
「おっ、こんのすけ。……どうした? 調子悪いのか?」
ちょうど前の方から歩いてきていた獅子王が、縁側から声をかける。管狐が物憂げにしている姿を見つけ、案じているようだ。
「おや、獅子王。おはようございます。いえ、体の具合に問題はありませんよ」
「そうか? ならいいんだけどさ。なーんか溜息ついてただろ」
「見られていましたか。少々考え事をしていただけですので、お気遣いなく」
こんのすけは今しがたできた悩みを一旦よそへやり、穏やかに一礼した。
「ふーん……俺たちの事? それともあの人間の事か?」
「なに、些細なものですよ。気になさらないでください」
獅子王の問いかけをそつなく躱した管狐。亀甲貞宗の危険性について隠した訳ではなく、単に話すまでもないと判断してのことだった。
「では、私はこれで」
立ち話もそこそこに離れへ戻ろうとした彼だったが、鵺を背負いし神に見送る気はなく。
「なあ、待てよ」
「……? 何か、用事でも」
踏み出そうとしていた前脚をピタリと止め、こんのすけは頭上を仰いだ。そこには獅子王の無表情な顔があった。
これは、考え事の内容を洗いざらい聞かれるかもしれない。そう推測していた管狐だったが、獅子王はなかなか口を開かなかった。言い出しにくそうにもごもごと唇を動かし、頬を擦ったり、鵺に触れたりと妙にそわそわしている。
やがて、視線を彷徨わせながら発された言葉は。
「あの人間、いつ帰って来るんだ?」
……。
……。
(はて、このようなことを聞かれるとは)
こんのすけは予想外の質問に目を丸め、首を傾げつつ返事をした。
「夜の七時頃にございます」
「夜う!? 夜中か」
「いいえ、宵の口です」
「宵の口……まだ半日もあるのか……」
声のトーンが落ち、むうと眉間に皺を寄せる獅子王。彼は「まだ半日も」と言っていて、管狐は口元をにやつかせる。
(おやおや、なんと)
「もう半日で帰ってくるのか」ではなく、「まだ(帰るまで)半日もあるのか」と。ああも面白くなさそうに漏らすということは──。
「ほう。もしや、寂しいのですか?」
「ち、ちっげえよ! あいつがいないと落ち着かない刀もいるみたいだからな。それで聞いただけだ!」
「『落ち着かない刀』の中には、獅子王も含まれるのですね」
「あーっ! だから、違うって!」
耳まで真っ赤にして首を横に振る獅子王を、こんのすけはにやにやと笑い、生暖かい目で見つめる。
「長谷部とか、加州とか、陸奥守とか! 鶴丸も驚かす良い相手がいないってつまんなさそうにしてたぜ!」
獅子王は肩を高く張って拳を握り、ムキになって否認する。しかし、悲しいことに逆効果であった。
「ええ、ええ、よく分かりました。へし切長谷部と、加州清光と、陸奥守吉行と、鶴丸国永と、あなた。確かに落ち着きがない」
「だーっ全っ然分かってねえ!」
羞恥に苛立ち地団駄を踏めば、管狐は仰け反って大笑いを始める。
「おい、笑うな! ちーがーうって言ってるだろ! あっこら待て!」
軒下の黄色い陰がさっと駆け出した。
(ああ、可笑しい。獅子が子猫のようではないですか)
「こんのすけーっ!」
背後に轟く獅子王の叫声は無視。管狐は愉しげな笑い声を撒き散らかして、軽やかに離れへ走り去っていった。