小話 - なんとはなしに

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「別に何も。して欲しい事とか、望みとか……あんまりない」
 場に居合わせた多くの神々へ肩透かしを食らわせた女は、数振りの付喪神に「何もないのか」と聞き直された。だが、彼女が答えを覆すことはなく。
「こんのすけのおかげで生活には困っていない」「手伝って欲しいこともない」「干渉するつもりもない」
 と、動揺を抑え一貫した態度をとった。
 女に刀剣男士を頼る気がないと知り、小柄な体躯の大太刀は膝を抱えたままがっかりする。
「好きなことをして楽しく過ごせ」と言われても、素直に喜べない。むしろ、体よく遠ざけられているのではないかと不安になった。
 今年の春にやって来た新しい審神者。日向ぼっこのよく似合う、気さくで明るい、陽だまりのような人間。
 会う度に自分たちに笑いかけ、朝昼晩の挨拶をし、馬鹿の一つ覚えのように手を振ってきていた女。
 ──今はどうだ?
 明朗な笑顔を見せるのも、楽しそうに声を弾ませるのも管狐にのみ。付喪神へは関与してこようとせず、視線すら合わない。応対もどこかよそよそしかった。
(……やっぱり、嫌われてるかも)
 久々に近くで女を観察した蛍丸は、もやもやしながら膝頭に顎を乗せる。
 彼女の心が自分たちから離れているように思え、ひどく恐ろしい。形容し難い淋しさに胸の奥が苦しくなった。
 膝小僧に顔を埋める大太刀をよそに、話はとんとんと進む。彼が鬱々とした気分で女の背を見送れば、程なくして着替えが用意された。数え切れない戦闘で破れ汚れた服の替えだ。
 長い縁側に衣類や装具を並び終えた人の子は、出し抜けに和泉守兼定に煽られ、衣装の無害をその身を以て証明する。
 土方歳三の愛用していた打刀はえらく威圧的であった。故に、内心女を心配していた蛍丸だったが、彼女は泣きも怒りもせず、毅然とした物腰だった。
「んだと!? こんの、政府の犬が!」
「犬ではなく狐ですよ。お間違いなきよう」
「て、てめえ……!」
「もう、いい加減やめなよ兼さん」
 騒動が一段落しても尚、繰り広げられる言い争い。さすがに嫌気が差したのか、どこか疲れた顔をした女は、管狐と和泉守兼定の舌戦をひとしきり眺めた後、池の側へふらふら歩き出した。
 やがて彼女は桜の木の下で止まり、ざらつく樹皮へ片手を当てる。掌から生み出された清らかな霊力は、惜しげもなく幹へと流されていて──。
(何やってるんだろ)
 大太刀の目にしたその光景は不思議なものだった。丸坊主の木から木へ、蝶が飛び移るように霊力が注がれている。神たる彼の瞳には、桜木が淡い光の花をつけたように映っていた。
(……綺麗)
 しばし見惚れ、蛍丸は悩んだ。
 ──声をかけに行こうか、やめておこうか。
 女が何をしているのか純粋に気になり、また、単に話をしたくもあった。けれど、冷たい素振りであしらわれたらどうしようという憂いもある。
 寸刻煮え切らずにいた大太刀だったが、やがて彼は小さな足音を立てて玄関へと駆け出した。破れた革靴を履き、擦れて短くなった踵を直しながら暗がりを走る。
 そうして、桜の木の下に佇む女のもとへ、ゆっくりと近付いていった。

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