小話 - なんとはなしに

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 夕刻。オレンジ色に染まった空を、一羽の鴉が悠々と飛んでいる。
 天高くから「カア、カア」と鳴き声がし、音を拾った管狐の耳がぴくぴくと動いた。彼は今、広い庭に出て小石や枝をせっせと脇へ除けている。そこは狐の主人の通り道であった。
 ゲートの開く場所から離れまでを結ぶ、結界に守られた一本道。道といえど、飛石も敷石もないただの草地ではあるが。無論、砂利も敷かれていない。
 主に忠義を尽くす管狐は、直に帰ってくる女の足元を思い、邪魔になりそうな、あるいは躓いてしまいそうな物を前足で丁寧に排除していた。実に健気である。
 地面とにらめっこをするように注意深く目を凝らす管狐だったが、ある足音で顔を上げた。
 日暮れ時、小さな狐に近付くかの刀剣は──。

 *

「こんのすけ」
「歌仙兼定。どうなさいましたか。そのように神妙な顔をして……何か問題でも?」
「いいや。何もないよ。少し、あの人間のことを聞きたいと思ってね」
「それはそれは。して、何をお話ししましょうか。主様の好物? 一日の過ごし方? 私のお勧めは『主様の心を掴んだ洒落』ですが」
「……」
「おや、どれもお気に召しませんか。ならば、そうですねえ……主様流の私の撫で方などは? いえいえ、冗談ですよ」
「本当に、きみは随分明るくなったな。立て続けに軽口を叩くとは」
「……ひとえに主様のお陰ですよ。あの御方に心から仕えるようになり、私の毎日は常に輝いているのです」
「彼女はそんなにもできた人間なのかい? 所作に品があるわけでもないし、どちらかというと粗野さが強いようだが……普段、畑や庭いじりばかりしているだろう。土で汚れている姿しか見ていない気がするけれど、歌や書を嗜んだりは?」
「ふむ、『できた人間』。それが面白いことに、違うのです。己の主を悪く言うつもりはありませんが、あの御方には癖もあれば、欠点もあります。歌や書はからっきしですね。貴族や文化人とは程遠くございます」
「──やはり」
「されど、季節の移り変わりはようよう楽しまれておりますよ。木や草、花、空など、自然もお好きなようです。十月には寒い夜に月見をしました。風情があると、大層喜ばれて」
「ああ。そういえば誰かがそんなことを言っていたな」
「ええ。離れの裏庭で望月を眺めていたのですが、あそこは竹林が近いでしょう? 『月がよく見えない』と、もどかしそうにしている主様をお連れして、そこの橋から水月も観賞しました」
「ほう、それは風流だねえ」
「はい。主様もしばらく見惚れておられました。とても美しい景観でしたので」
「へえ……」
「ああ、あの折。私は一つ、我儘を申しまして──次の年も主様と月見がしたかったのです。あの御方は快くお約束くださいました。何度思い出しても嬉しゅうございます」
「ふふ、そうかい。……こんのすけ」
「なんでしょう」
「こんなことを君に聞いても詮方ないとは思うのだが」
「……ええ」
「このまま穏やかな日々が続いて、僕たちがもっとあの人間と親しくなったら──」
「……」
「いつの日か、彼女と風雅を愛でる時が来るのだろうか」
「……どうですかね。何分、先のことは判りませんが、そうなると良いと思っていますよ。私は。──ただ、短気なあなたが怒ってしまわないか心配です。何せ、以前主様が悩んだ挙句に詠まれた歌が、『腹減った ああ腹減った 腹減った』でした故」
「!?」
「どうです?」
「み、み──雅じゃない!」
「……そう言うと思っていました」

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