小話 - なんとはなしに

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「おかえり。えらい遅かったなあ」
 昼下がりの本丸。畳に寝転がってぼりぼりと腰を掻いている明石国行へ、一口の大太刀がにじり寄った。その形相は憮然としており、場に居合わせた愛染国俊は固唾を呑んで二振りを見守る。
「国行、なんで斬ろうとしたんだよ。あいつのことは放っておいてって言っただろ」
「蛍こそどないしたん。急にあの人間の肩なんか持って」
 蛍丸が問い質せば、明石国行は間延びした声をあげた。太刀が選んだ言の葉には小さくも鋭い棘が含まれていて、それに気付いた大太刀はぐっと唇を噛んだ。
「それに、なんや仲良う歩いてたみたいやけど」
 変わらぬ表情の内側で、明石国行はすこぶる不機嫌だった。
 少し前から気を塞いでいた同派の刀。明石国行も愛染国俊も心配し、どうにか原因を聞き出そうとしたり、励ましたりしていた。だが、蛍丸の様子は何一つ変わらなくて。
 ならば関係ありそうな者を攻めてみようと思い実行に移すも、当の本神に阻止される。しかもその後、蛍丸は楽しそうに庭を歩いていた。──離れに住まう人間と。
 蛍丸を傷付けたであろう張本人が、蛍丸を笑顔にさせていた。おまけに自分は蚊帳の外。愛染国俊共々大太刀を気に掛け、心を砕いていただけに、明石国行の虫の居所は悪かった。
「……蛍がしょげ返ってたんは、あの人間のせいやないの」
 イグサの香る畳に寝そべったまま、剣呑な眼差しで蛍丸を見上げる明石国行。
 蛍丸は察する。この太刀がむくれている事も、その理由も。また、今に至るまでを振り返り、己が如何に気遣われていたのかを改めて実感した。
「国行、国俊、心配かけてごめん。俺のこと、気にしてくれてありがとう」
 感謝と謝罪とを述べ、そして、蛍丸は少しずつ話し始めた。
 この地にやってきた女へ刀を振るったこと、冷たい扱いをしていたこと、今はそれらの行いを後悔していること、罪悪感で胸が苦しいこと──手入れ以降女の態度が変化したように思うこと、彼女に自分が嫌われているのではないかと悩んでいたこと、先日桜の木の下で交わしたやり取り。
 最初から最後まで。これまで頑なに口を閉ざし、決して言わなかったこと、全て。
「なるほどなあ」
 大太刀が話し終えると、明石国行は感慨深く長い息を吐いた。彼を不愉快にさせていた虫は、いつの間にかどこかへ飛び立ってしまったらしい。傍らでは「そうだったのか」と愛染国俊がいくつか頷いている。
「けど、あの人間と笑って歩いてたってことは……そうじゃなかったんやろ?」
「うん。嫌いじゃないって言ってくれた」
 重苦しかった蛍丸の面構えがころりと晴れる。
「仲良くなりたいんだって、俺たちと」
 にへへ、と、締まりのない笑みを漏らす、大太刀の付喪神。これには明石国行も参るしかなく。
「──なんや、蛍の勘違いか。あほらし」
 胸の内に残る捻くれた気持ちを完全に吹き飛ばされ、明石国行は力なく笑った。やれやれというように。
「で?」
「……?」
「好きですのん? あの人間」
 ニヤっと口角を上げる明石国行に、蛍丸は「何だよそれ」と首を傾げる。そうして暫し考え込み、帽子の乗った頭を左右に振った。
「わかんない。……でも、嫌いじゃないよ」
 あどけない顔に浮かぶは、清々しい微笑み。そんな蛍丸を見て、彼の保護者だと公言している来派の太刀は、「かなわんなあ」と独りごちるのであった。

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